ショービジネスの中心として熾烈な争いが繰り広げられるブロードウェイ。ヒットの明暗を分けるのは安定した興行収入だけではありません。実は、新聞や雑誌に掲載される”Theater Critics”、すなわち劇評が観客の入りを大きく左右することがあるのです。海外のミュージカル広告には、劇評の引用が新聞社名とともに書き添えられていることもしばしば。権威ある批評家のお墨付きがあれば、観客としても安心してチケットを購入できますね。

数ある批評の中でも、ブロードウェイの歴史と特に深く結びついているのがニューヨーク・タイムズ(以下、NYタイムズ)という新聞の劇評です。

NYタイムズ×ブロードウェイ=切り離せない縁

NYタイムズはニューヨークを拠点とする日刊新聞です。日本でもJapan Timesとセットで定期購読ができたり、アプリで購読することができたりするので、ご存知の方も多いはず。スマホ一つで誰もが批評できる現代でも、NYタイムズの劇評はその存在感を維持しています。

ブロードウェイでは新作が上演されると、あらゆる劇評家がその初日公演を鑑賞し、翌日の新聞や演劇雑誌に批評が掲載されます。NYタイムズは名のある演劇評論家による辛口コメントが有名で、過去にはNYタイムズに酷評されたために上演開始から数日の間に公演中止に追い込まれてしまった作品もあるほど。どの演目も、試行錯誤を重ねてようやくブロードウェイにたどり着くのですから、ペン1本で打ち切りにできる劇評家の評価に関係者が一喜一憂するのも無理はありません。逆に、この新聞で評価されれば、ショーはひとまず大成功と言えるのです。

ブロードウェイの上演史を変えてしまうほどの責任ある言葉を紡いできたのは、その時代に名を馳せた有名な演劇評論家たち。日本ではなかなか馴染みがありませんが、ブルックス・アトキンソン、ウォルター・カーという歴代NYタイムズの演劇評論家の名前は、劇場名になるなど、今もブロードウェイに名を残しています。

ショー・ビジネスを左右する特別な影響力を持つ批評家がなぜNYタイムズに集まってきたのか。それはおそらく、この新聞社が創業以来ブロードウェイを拠点にしてきたからでしょう。ブロードウェイの中心にあるタイムズ・スクエアという広場の名前も、かつてここに本社を構えていた時代の名残。NYタイムズは正真正銘のブロードウェイの権威として、文筆の力で演劇界を盛り上げてきたのです。

アマプラで観られる!NYタイムズの劇評が物語のカギになるミュージカル作品

ショービジネスを描くストーリーには、成功のものさしとして劇評が登場する作品がたくさんあります。中でも、辛口のNYタイムズ評が主人公の運命を左右する様子が面白く描かれている作品をご紹介します。トニー賞で最多の12部門を受賞した、伝説のヒットミュージカル『プロデューサーズ』です。

この作品は失敗作続きのミュージカルプロデューサーが冴えない会計士と手を組んで「儲かるミュージカル」を作るというもの。舞台の始まりはとあるブロードウェイの劇場。主人公のプロデューサーが手掛けた新作ミュージカルの初日の夜、劇場から出てきた観客からは「最低のショー」だったと批判の声が止まりません。人々が手に取る新聞には酷評が掲載され、あっという間に新作ミュージカルは上演打ち切りです。2005年の映画版では「NYタイムズ」の文字がはっきり印刷された新聞が写っていて、「腐った歌に臭う脚本」という辛辣な歌詞と重なって、興行失敗のひどさが伝わります。

『プロデューサーズ』の脚本は後半で起こる大どんでん返しが面白いところ。そこにNYタイムズの「辛口批評が多い」「NYタイムズが褒めたら傑作間違いなし」のイメージが上手く仕込まれています。下ネタ満載なコメディですが、ミュージカル制作の段階がよく分かり、開幕後の劇評の重要性が分かりやすく描かれているので、興味を持っていただけたらぜひ一度見てみてくださいね。Amazon Prime での視聴はこちら

Sasha

NYタイムズの劇評は利用登録(有料)をすれば誰でもアーカイブを読むことができ、古いものも一部閲覧できるようになっています。ロングラン公演中の作品に対して、「初演から俳優が変わると作品の価値が変わってしまう」とネガティブな意味で書いている劇評もありました。ストレートな物言いに驚きましたが、現状にあぐらをかかず、観客により良い舞台を提供してほしい、そんな劇評家の思いが隠されているように感じました。