山崎豊子さんによる長編小説を原作に、脚本・マキノノゾミさん、演出・栗山民也さん、陸一心(ルーイーシン)役に井上芳雄さんを迎えて上演される舞台『大地の子』。2月26日(木)明治座での開幕を前に、公開ゲネプロと初日囲み取材が行われました。
「もう一つの記憶」から紐解く物語

当時外国人に開放されていなかった中国の農村地区にも足を運び、1000人以上への取材を含め8年もの歳月をかけて書き上げられた『大地の子』。満蒙開拓団としての暮らしの末に「棄てられ」、中国の大地に取り残された日本人孤児の壮絶な人生を描いた原作小説をもとに、舞台では妹・あつ子の「記憶」を織り交ぜながら演劇的に描かれます。

妹と生き別れた勝男は小学校教師の陸徳志(ルートウチ)に助けられ、陸夫婦の子・一心(イーシン)として育てられます。陸夫婦の愛情を受けて成長していく一心。聡明で勤勉な一心は中国発展のために尽くしますが、常に「日本人」であるが故の差別が付き纏います。そして文化大革命期には労働改造所に送られ、過酷な労働を強いられることに。

井上芳雄さん演じる一心は、聡明さや養父母への深い感謝、どんな差別を受けても生き抜こうとする生命力の強さが印象的。山西惇さんが陸徳志を愛情深く演じ、親子の愛には涙を流さずにはいられません。時代背景がある中、危険を顧みず、血の繋がっていない日本人の一心を我が子として守り続ける陸徳志。そこにはどんな思いがあったのでしょうか。

一方、一心の妹・あつ子は山村で壮絶な人生を送っていました。幼少期の微かな記憶を覆い尽くすほどの屈辱、絶望を通り越えた無。幼い少女が親を失い兄と生き別れ、“家族”と信じた人々に何をされたのかを知った時の思いは、想像を絶するものです。

彼女の生き様を時に淡々と、時に心を切り裂くほど激しく、奈緒さんが描き出します。そして舞台上に浮かび上がるのは、あつ子だけでなく、「言葉を持つことのない人々の記憶」。彼女たちの言葉を、記憶を今、私たちが受け取らなければ。観ている側も大きな覚悟を持たされるような、奈緒さんの重みある存在感が本作の核となっていきます。

一心の命の恩人であり、妻となる江月梅(チャンユエメン)を演じるのは上白石萌歌さん。看護婦として人々に寄り添う温かみと、一心の無実を信じ続け行動する芯の強さは大きな希望となって舞台を光照らします。

一心とあつ子の実の父・松本耕次を演じるのは益岡徹さん。家族全員を満州で失ったと考えていた耕次の孤独と哀しみ、後悔が静かに滲みます。
戦争が、国境が人々を分断し、心に大きな傷を負いました。そして傷つけられた人は時に自らを守るため、相手を憎みます。この負の連鎖を断ち切るための鍵が、一心たちのひたむきに生きる姿にあるように感じます。

「使命」「祈り」のような気持ちで
初日囲み取材には井上芳雄さん、奈緒さん、上白石萌歌さんが登壇しました。

公開ゲネプロを経て、「山崎豊子先生の渾身の作品をお客様に届けたいという思いと、ゲネプロの反応を受けて届くんじゃないかという期待と、でも毎回どうなるか分からないという責任感と…色々な気持ちがごちゃ混ぜになっています」と心境を明かした井上芳雄さん。
「足腰の強い作品にしたい」という栗山民也さんの思いから何度も通し稽古が重ねられ、大きなエネルギーを持って演じられたゲネプロ終了後は「どうしたら良いのか呆然としていた」と言います。

「そのくらいエネルギーも必要だし、なんだか使命のような。この物語を届ける使命みたいなものを1人1人が持っているので、生半可な気持ちではできないということもあるし。でも同時に自分達と同じ人間の話であり、日々の生活に繋がっている話だと思うので、日常と地続きでやれたら」と思いが語られます。

奈緒さんは「私たちが発する言葉を誰かがしっかりと真正面から受け取ってくださるというのは改めて奇跡のような時間なんだと思いました。今まで重ねてきた時間とは違う、新しい『大地の子』が生まれるような感覚がありました」とゲネプロを振り返り、「これから初日が開けて、毎日違うお客様と、違う空間の中、どういうふうにこの舞台上で生きられるかというのをすごく心待ちにしていますし、何よりも受け止めてくださるお客様にしっかりと届けられるよう、一生懸命毎日くじけずに生きたい」と意気込みます。

江月梅役について「兄妹の灯火のような存在になれたら」と語った上白石萌歌さん。栗山民也さんから「決してくじけずないで、ひたむきに最後まで生き抜いてください」「悲劇を決して悲劇でやらないでください。傷を負っているけれども、それでも確かに生き抜いていく様を見たい」という言葉をかけられたことを明かし、「その言葉たちを思い出して、役として板の上で思い切り息を吸ってお客様に届けられたら」と語ります。
奈緒さんと上白石萌歌さんは本作が初共演となりますが、稽古休みの日も共に舞台観劇に出掛けるほど、親交を深めた日々だったそう。奈緒さんは「萌歌ちゃんはいつも隣にいて光のようなんです。(役名の)月梅の“月”という漢字が萌歌ちゃんにぴったり。常に役柄としてもご本人としても、この舞台の中で光として立ってくださっていて、みんなにたくさんお声がけをしてくださった」と語ります。

一方、上白石萌歌さんは「奈緒さんのお芝居が大好きで、とりわけ舞台上での佇まいが大好きで、奈緒さんの演劇作品はほぼ観に行っています。自分でチケットを取って行っていて、普通にオタクだったんです。今回まず奈緒さんと同じ日々を過ごせることが何より楽しみでしたし、一つでも多くのことを奈緒さんから学びたいなという気持ちでいました」と強い思いが語られました。
そんなお二人を見て井上芳雄さんは「演劇や文学に対する向き合い方が共通する、知性溢れるお二人。栗山さんの演出に対する取り組み方も、穏やかながら真剣で、本気でやっている感じがします。演劇自体がどうしても労力がかかるし、アナログで、映像でもやられているお二人にとっては広がりの違いもご存知だと思いますが、しかも今回はとっつきやすくはない題材の中、深みや喜びを持って稽古場にいて、お芝居をされているお二人の存在自体が希望だなと思います。舞台上でもまさにそういう存在なので本当に頼もしい」と信頼を寄せました。
また「僕にとっても大事な物語だったので、一心の役をできるというのはありがたく、できるかできないか、上手くいくか行かないかとはまた別のところで、その巡り合わせがあるなら必死にやるしかないという感じでした。ただ同時に壮大な作品なので、それを舞台でちゃんとお届けできるだろうか、そこだけが心配でした。もちろん僕が足を引っ張りたくないし、作り的にもそれが可能なのだろうかと。幕が開けてみないと分からないですが、でも昨日のゲネプロを通して、届くんじゃないか、届いているんじゃないかという手応えは得たので、もうやって良かったなという思いでいます。栗山さんも“祈りのような作品”だとおっしゃっていましたが、他の作品とは違う祈りに近い、使命に近い思いでお届けすると思うので、今はただ早くお客様と分かち合いたい」と思いが語られました。

舞台『大地の子』は2026年2月26日(木)から3月17日(火)まで明治座にて上演。公式HPはこちら
製作発表会見での栗山さんのご挨拶で「記憶」という言葉がありました。舞台上にはまさに人々の「記憶」が、主人公だけでなく、名もなき人々の記憶が、浮かび上がっていました。黄色い大地に立ち、壮絶な運命を超えて生き抜こうとする一心。彼が憎しみに支配されなかったのは、それを超える愛が側にあったからだと思います。


















