スペインの詩人・劇作家フェデリコ・ガルシーア・ロルカの戯曲『イェルマ』をもとに、構成・演出を稲葉賀恵さん、脚本をオノマリコさんが手がけ、現代社会のリアルな孤独を描く舞台『Yerma イェルマ』。9月21日(月・祝)にシアタートラムで開幕する本作に、ビクトル役で出演する小林亮太さんにお話を伺いました。
深いところに手を突っ込まれたような感覚に

−1930年代スペインの閉塞的な寒村を舞台にしたロルカの『イェルマ』と、今回の上演にあたって稲葉賀恵さん、オノマリコさんによって現代版にアダプテーションされた『Yerma イェルマ』の戯曲を読んでみて、どのように感じられましたか。
「約90年前の戯曲を現代に変換するということを成し遂げる作家さん・演出家さん、今回で言えばオノマリコさんと稲葉賀恵さんは本当に凄いなと感じました。原作を読んでいる中ではイェルマの置かれた環境や時代背景ありきで感じ取っていたものが、現代に立ち上がらせるとここまで鋭く切り込むことになるんだなと衝撃を受けました。
読み終わったのは深夜1時くらいだったのですが、思わず真っ黒な空を見上げましたね。凄く自分の深いところに手を突っ込まれたような感覚を受けました。もちろん楽しみな気持ちもありますが、作品に挑む怖さも感じました。
その怖さの中には、僕自身があまり日常生活では使わない言葉や行動を、ビクトルが選択しているというところがあります。台本をいただく前に稲葉さんから役柄について色気や気だるさというキーワードをいただいていたのですが、実際に彼が発する言葉を台本で読んでみると、かなり自分とは違う人物なのかなと思いましたし、お客様からどう見えるんだろうというのも想像しながら、役としてこの作品をお届けするために追求していければと思っています」
−シアタートラムの舞台に立つこと、稲葉さんの演出を受けることは念願だったそうですね。
「シアタートラムは何度も観劇に訪れたことのある劇場ですが、中でも印象深いのが稲葉さん演出の『ブレイキング・ザ・コード』(2023年)でした。この劇場をこんな見せ方ができるんだ、という驚きもありましたし、そこにいる登場人物たちにもとても惹かれました。
稲葉さんの演出作品で言うと、駅前劇場で上演された『Downstate』(2025年)も衝撃的でした。千穐楽に当日券で観に行ったらたまたま最前列の席で、本当に近距離で作品を観ることができたんです。センシティブなテーマを扱った作品でもある中、俳優の服装や話し方といった目に見えるものの奥にある人物像を肌で感じることができて、皆さんが作品を届けるまでにどれだけの役作り、準備をされたんだろうと感じました。稲葉さんの演出作品は、作り手の熱量がダイレクトに伝わってくるように思います。
観劇後は放心状態でしばらく立ち上がれなくて、ようやく外に出たら稲葉さんがいらっしゃったのでご挨拶をさせていただきました。稲葉さんご自身がお話になる時も、“この人にはどういう言葉を使ったら良いのか”を考えながら、丁寧に言葉を選びながら伝えてくださっている印象を受けましたし、逆に自分のことを見透かされているような、自分も本当に心の奥で思っていることに基づいて話さなければと思う方でもありました。
演劇を創る上でもきっと一緒に悩んでくださる方だと思うので、そういう時間がとても楽しみですし、本当に丁寧に創っていく作品になるんだろうと思います」

−『Yerma イェルマ』は「家族の在り方」や「自己の存在意義」など現代の切実な問題を描く作品となっています。稲葉さんを始め、カンパニーの皆さんで深く議論しながら創る作品になりそうですね。
「社会をどう見つめ、社会から何を受け取っているのか、自分が日常生活の中で受け取っているものをお芝居に昇華させていかなければいけない部分が大いにある作品だと思います。最初はイェルマという女性について描いた女性的な作品だと思ったのですが、イェルマを映し出す上で、彼女の周りにいるフワンやビクトルという男性が、彼女にどんな影響を与え、何を渡すかを演じていかなければいけないので、凄く重大な役割だなと感じました。またビクトルは、イェルマだけでなくお客様にとっても大きな役割を果たさなければならないと思います。
最初に台本を読んだ時にはビクトルという人間がもし目の前にいたら、好きになれるだろうかと思ってしまいました。どのような塩梅で見せていくかは稲葉さんからどんな言葉をいただくかによっても変わっていきますが、世の中の男性像を代表するようなキャラクターにもなりかねないし、どんな男性像を作っていくかはとても悩ましいです。彼の発言や行動は物議を醸すものだと思いますが、100%分からないわけでもない。自分の中にも無意識のうちに持っている要素はあるのかもしれないと思うので、そういった部分も考えていきたいです」
魅力的な色気を醸すビクトル像を
−波紋を呼ぶ役柄でもあるビクトル役について、現時点で考えていること、意識したいと思っていることはありますか。
「ミュージカル『フランケンシュタイン』でのビクター・フランケンシュタイン役をやらせていただいた時のように、物語の真ん中にいる役は、もちろん自分が発していくこともあるけれど、それ以上に周りの人間から受け取ることが多くて、だからこそ心が揺れ動いていくのだと思います。そういう点で今回のビクトルはイェルマやフワンに色々なものを渡していかなければいけない存在だと思います。
ただ、分かりやすく高圧的だったり口が悪かったりするわけでもなくて、気だるげな雰囲気がありながらも、イェルマにとっては魅力的に見えなければいけません。イェルマにとって魅力的ということは、お客様にとってもそう映った方が良いだろうと思います。普段自分が魅力的でいようと思って生活しているわけではないので、どういう状態になれば魅力的に見えるのか、相手を動かしていけるのかというのを探っていきたいですね。自分が今までやってきた作品とは違う役柄になるだろうと思います。
ストレートプレイのお芝居もかなり久しぶりで、ミュージカルのように音楽で表現する部分がないからこそ、人間が本当に普段持っている絶妙な加減や塩梅が滲むのがストレートプレイだと思うので、そこが面白さであり、色々と考える機会になるだろうと思います」

−ご自身とは遠いキャラクターであるビクトルを演じるにあたって、どのようにアプローチされていきますか。
「アプローチの仕方は役によって違っていて、1つ前の作品である『ブラッド・ブラザーズ』のミッキー役であれば、7歳から演じる必要があったので、動き方といった身体性や、どんなものを見てどんなことを感じるかをまず理解しようとしていきました。今回の『Yerma イェルマ』は分かりやすいタイプに分類できない登場人物たちなので、極力内面から作っていきたいと思いながら、とは言えイェルマにとって魅力的とはどういうことだろう?人はどんな時に魅力的だと見えるだろうというところは、考えていきたいですね。色気のある男性を探して、その人をヒントにするということもあるかもしれない。芝居の原点として、今生きている人たちからヒントを集めながら繋げていくという作業は常に忘れたくないと思います」
−ご自身が共感したキャラクター、瞬間はありましたか。
「全員がそれぞれの方向に個性があるので、第一印象ではあまり共感できるというわけではないですが、“裏を返すと”ということや、“言葉ではこう言っているけれど”というのがすごく大事だと思っています。イェルマが悩んでいることについて言えば、他者からどう見られているか、世の中での抑圧があるからどんどん自分の中に入っていってしまっているわけで、そういうところは皆さんにも心当たりがあるのではないかなと思います。じゃあ具体的にイェルマを苦しめているものとは何なのか、根底はどこにあるのかというところを考えていくと、共感と言えるのかは分からないけれど、“何をやっているんだ”とは思わないと思います」
悩みから救い出すヒントをくれる作品へ

−イェルマ役の咲妃みゆさんの印象はいかがですか。
「咲妃さんは凄く丁寧に言葉を紡がれる方ですよね。これまでミュージカル『カム フロム アウェイ』や直近では『レッドブック ~私は私を語るひと~』などを客席から拝見し、俳優としてあれだけのエネルギーを外に出すことができながら、内面での人間としての積み重ね、役作りでの積み重ねがとても繊細な方なのだろうなと感じていました。
『Yerma イェルマ』の取材でご一緒していても、1つの物事に対して深く考え、丁寧に言葉を選んでいる姿に人として尊敬します。これからのお稽古で、一緒に悩む瞬間もあるかもしれないし、こちらが大胆にトライしてみることでイェルマが変わるかもしれない。色々お芝居を通して受け渡しができたら面白いなと思っています。
そしてとてもお芝居が好きな方だなと舞台上でのお芝居を見ていて感じますし、お話ししていても感じます。僕も演劇が好きだなと日々感じるのですが、咲妃さんは心から演劇の力を信じていらっしゃると感じるので、そういった方が座組の真ん中にいてくださることで、良い演劇が立ち上がるのではないかと思います」
−ストレートプレイ、しかもシアタートラムという濃密な空間でのお芝居は、大劇場でのミュージカル作品とはどのような違いがありそうですか。
「作品との向き合い方やお芝居を作る上で辿る道は大きく変わらないと思うのですが、大劇場となれば例えば3階の奥にいらっしゃるお客様まで届くような出力で挑まなければと思います。一方でトラムのような劇場でそこまで出してしまうと過多になってしまうので、その匙加減は変わってきます。近いからこそ、出そうとしていないことも意図せず伝わることもあると思います。
僕個人としてはミュージカルやストレートプレイ、映像作品と垣根なく渡っていきたいという思いがある中で、ストレートプレイは映像に近い、日常の延長線上にある会話であり、感情になる物語だなというのは考えています。もちろん作家さんや演出家さんによって素晴らしい魅力が加わって、ガラリと変わることもありますけれど」
−本作は現代を生きる人々の孤独を描いた作品となり、シアタートラムの距離感で伝わることも含め、社会的なメッセージが鋭く突き刺さる作品となりそうです。観客も自分ごととして観られる方が多いんじゃないかと思います。
「現代の物語を演じることは、やはり現代のどこかを映し出すことになってくると思います。皆さんが僕らのお芝居を見て、自分たちはこう映っているんだと認識することが、受け取り方によっては凄く苦しくなることもあるかもしれません。でも僕はそれだけではないと思っています。
僕らが生きている中でなかなか人には言えない欲望や欲求にも切り込んでいくし、苦しさではなく恥ずかしさのような感情を覚える人もいるかもしれない。イェルマの悩みや葛藤に共感できたり、イェルマに対しては“私はこうじゃないな”と思っても他の登場人物に近さを感じたりすることもあるかもしれません。色々な方向からお客様の心に触れる物語になると思います。
もし皆さんが悩んでいることがあるとすれば、そこから救い出すヒントをくれる作品だと思いますし、それを見つけていく過程の物語でもあるように思うので、そういうところも受け取っていただけたら嬉しいです」
世田谷パブリックシアター主催公演 舞台『Yerma イェルマ』は2026年9月21日(月・祝)〜10月12日(月・祝)までシアタートラムにて上演。その後、10月17日(土) 〜18日(日)まで兵庫公演(兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール)、10月31日(土)〜11月1日(日)まで宮城公演(多賀城市民会館 大ホール)、11月7日(土)〜8日(日)まで愛知公演(東海市芸術劇場 大ホール)が行われます。公式HPはこちら

衣装:ジャケット¥68,200、シャツ¥39,600、パンツ¥44,000(Kiivu/BLANDET Tokyo)、リング¥38,500(PLUIE/HEMT PR)、ソックス¥3,190(RANGL/HEMT PR)
『Yerma イェルマ』の戯曲を拝読し、丁寧に言葉を紡いでくださる小林さんのお話を伺って、現代社会における孤独や“存在意義”について深く考えさせられました。まさに“時代を映す鏡”になる作品だと思います。舞台上にどのように本作が立ち上がっていくのか、期待して待ちたいと思います。



















