新緑のまぶしいゴールデンウィーク、富士山を望む静岡市へ演劇のピクニックに出かけませんか? 「ふじのくに⇄せかい演劇祭2024」が4月27日に開幕、エッジの効いた古典劇や野外劇など6本が上演されます。関連イベントでは、お茶摘み体験や市内各地でのパフォーマンスも盛りだくさん。芝居通から演劇ビギナーまで楽しめる見どころを、会期前半(4月27~29日)と後半(5月3~6日)に分けてご紹介します。

生身の人間と人間が向き合う演劇を体験してほしい

演劇祭を主催するのは、静岡県舞台芸術センター(SPAC、Shizuoka Performing Arts Center)。演劇ファンの間では「スパック」と呼ばれています。日本平のふもとに広がる静岡県舞台芸術公園(静岡市)と、JR東静岡駅近くにある大規模複合施設「グランシップ」内の「静岡芸術劇場」を活動拠点とし、専属の俳優やスタッフらのいる公立文化事業集団です。舞台芸術公園は、東京ドーム約4個分という広大な園内に野外劇場「有度(うど)」と屋内ホール「楕円堂」などの三つの専用劇場を備えています。1995年に設立され、97年から本格的に活動を開始しました。

SPACは2000年から「Shizuoka春の芸術祭」を始め、11年からは演劇を通じて世界とダイレクトにつながる特色を前面に出した「ふじのくに⇄せかい演劇祭」と改めて、毎年開催してきました。東京や名古屋から新幹線でも1時間半ほどの場所ですが、非日常の気分をかき立てられます。ゆったりとした時間と豊かな自然の中で味わう極上の演劇に浸りたくて、筆者はこれまでに何度も通ってきました。

2020年の演劇祭は、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で中止になりましたが、オンライン配信中心の「くものうえ⇄せかい演劇祭」を実施しました。劇場の灯が消えた4年前のあの日、演劇の可能性について語るSPAC芸術総監督・宮城聰さんたちの話を、パソコンの画面にかじりついて視聴したことを覚えています。

今回の演劇祭は、コロナ禍前とほぼ同規模での開催となり、感慨もひとしおです。プレス発表会で宮城さんは、停滞が長く続く日本社会で、変化を諦める風潮に警鐘を鳴らし、「生身の人間と人間が向き合う中で自分と相手が(お互いに)変わり、自分の世界が広がっていく」演劇を体験してほしいと呼び掛けました。「観るのにエネルギーを必要とするけれど、20年後の自分を豊かにしてくれるはず」と語るラインアップは、「絶望的な状況の先にともる、かすかな希望を描いた作品」が並んでいます。具体的に見ていきましょう。

個人と組織の関係を問うSPAC×鳥の劇場『友達』

『友達』©︎Hirao Masashi

まずは会期前半から。共に地域に根ざし、劇場を持つ劇団として活動を続けるSPACと鳥取市拠点の特定非営利活動法人「鳥の劇場」が、初めて共同制作をした『友達』が、野外劇場「有度」で上演されます。今年生誕100年を迎える安部公房(1924~1993)の作。青年の部屋に見知らぬ「家族」と称する集団が押しかけてきて、孤独を救うためといいながら居着いてしまい、次第に青年の何もかもが飲み込まれていく…というブラックコメディです。演出の中島諒人(まこと)・「鳥の劇場」芸術監督は、個人と集団の関係を描くこの芝居を通じて「今の日本の社会がなぜこんなに息苦しいのか、考えてほしい」と話しています。二つの演劇集団から5人ずつ、計10人の俳優が出演します。

3人の役者で描く姥捨て伝説『楢山節考』

半円形のドームと漆黒の舞台を持つ屋内ホール「楕円堂」で上演されるのは、姥捨て山伝説を下敷きにした『楢山節考(ならやまぶしこう)』。深沢七郎(1914-1987)の原作小説を、瀬戸山美咲さんが舞台化(上演台本・演出)しました。

70歳になったら子に背負われて山に捨てられる風習が残る貧しい村。老いた母は山へ行く日を楽しみにして準備を進める一方、息子夫婦は少しでも長く共にありたいと願っていました…。

少子高齢化が進む今、老いと死をどう迎えるのかという問題を、個人と社会に突きつける今作は、見る人の心に切実に響くはずです。たった3人の俳優で描く『楢山節考』は昨年、富山・南砺の利賀芸術公園「利賀山房」で初演されて話題となりました。今回は新たにチェロの生演奏を加え、「人間と自然の相克をより深く描きます」と瀬戸山さんはコメントを寄せています。

歩いて楽しむ静岡県舞台芸術公園

ライトに演劇に触れてみたいと思う人にぴったりの演目が、里山の自然が残る静岡県舞台芸術公園全体で繰り広げられる間食付きツアーパフォーマンス『かちかち山の台所』です。十数人のグループでイヤホンを着けて公園内を散策しながら、『かちかち山』の物語と出会い、出される軽食を味わいます。

『かちかち山の台所』のチケットは完売しましたが、公園内は自由に歩くことができます。その際の力強い味方が、音声ガイドシステム「おともたび」。位置情報と連動したサービスで、4月から運用されたばかりです。公園入り口の看板にあるQRコードをスマホに読み込むと、俳優の声が流れ、「楕円堂」や「有度」などの劇場の紹介などが聞ける仕組みになっています。

公園入り口にある休憩所「カチカチ山」内には、古今東西の劇場建築の移り変わりが分かる、せかいの劇場ミニミュージアム「てあとろん」があります。4月27~29日は、ここに「フェスティバルcafé&bar」がオープンして、交流を楽しむことができます。このほか、お茶摘み体験(4月29日)も行われます。

フェスティバルcafe&bar  ©牧田奈津美

「歴史的上演」ドイツのシャウビューネ劇場『かもめ』

『かもめ』©Gianmarco Bresadola

5月3日から始まる後半の目玉は、ドイツの世界的演出家トーマス・オスターマイアーさんが率いるベルリンの名門シャウビューネ劇場の最新作『かもめ』です。「シャウビューネ25年間の総決算となっている。歴史的な上演になるので、見逃さないでいただきたい」と宮城さんがアピールしていました。

『かもめ』は、ロシアの劇作家アントン・チェーホフ(1860~1904)の4大戯曲の一つ。チェーホフ自身を投影したとされる作家志望の青年が、女優を夢見る恋人のために一人芝居を書いて上演しますが、大女優である母親には冷笑されます。あろうことか、恋人は母親の愛人で人気作家の男に思いを寄せ、後を追ってしまい…。

革命前夜のロシアから現代のドイツに舞台設定を移し、出演者が自分の言葉に置き換えて演じ、虚構と現実が入りまじりながら、芸術の意味を問いかけます。人気作家の男役を、実際に人気作家でもある怪優ヨアヒム・マイアーホッフが演じるのも話題の一つです。

「静岡芸術劇場」の客席をつぶして拡張した舞台の上に客席を設けた特設舞台で上演されるので、ドイツを代表する名優たちの演技を間近に見ることができます。客席は演技をするエリアをおおよそ200度取り囲むように設置されるそうです。舞台奥を埋め尽くす白い幕に風景を描くライブペインティングも。「ここでしか見られないスペシャル版。濃密な劇空間を堪能してください」と広報担当の方も呼び掛けています。

夕闇迫る公園で上演される『白狐伝』

『白狐伝』SPAC提供

SPACの力が結集されるのが、駿府城公園で上演される野外劇『白狐伝』です。日本美術を世界に紹介した美術史家・岡倉天心(1862~1913)が亡くなる半年前に英語で書き遺したオペラ台本『THE WHITE FOX』を基に、宮城さんが新たに台本を書き、演出も担当。1人の登場人物を、2人の俳優が「語り手」と「動き手」に分かれて演じる「2人1役」という手法で演じます。俳優らによる生演奏もあります。

殺されそうになったところを助けてもらった白狐は、命の恩人である人間の男の恋人が悪者にさらわれたことを知り、その恋人に化けて男の前に現れます。2人は結ばれて幸せに暮らし、子どもも生まれますが、恋人本人が生きていることを知り、白狐は…。

このあらすじはどこかで聞き覚えがあるかもしれません。「葛の葉伝説」や「信太妻(しのだづま)」などで呼ばれる伝承で有名で、歌舞伎や文楽などの題材になってきました。『THE WHITE FOX』もこの昔話を基にしています。白狐と男の間に生まれた子が、のちの安倍晴明だと言われています。現在放送中のNHK大河ドラマ『光る君へ』でも大活躍ですね。晴明の両親のラブストーリーだと思えば、がぜん親しみが湧いてきます。

人間が自然を支配するという西欧の価値観を、日本がどん欲に吸収していた大正初期に、この『THE WHITE FOX』は書かれました。「近代への絶望の中で、何とか希望を探そうと格闘していた天心。その思いを100年経って受け取ったような気持ちです」と話していた宮城さん。白狐は豊かな自然の象徴なのかもしれません。SDGs(持続可能な開発目標)が叫ばれる今、『白狐伝』から感じ取るものも多いはずです。開演はいずれも午後7時。夕闇迫る中、狐火のような世界で思いを巡らせてみたいと思います。

街中で演劇・ダンス・アートのイベント

パリで活躍するカメルーン出身のダンサー・振付家メルラン・ニヤカムさんのソロ・パフォーマンス『マミ・ワタと大きな瓢箪(ひょうたん)』も、5月5日に「グランシップ」内の交流ホールで上演されます。交流イベント「ニヤカムさんとの交流タイム」も3日・4日に予定されています。また5月4~6日は、野外でパフォーマンスを上演するストリートシアターの祭典「ストレンジシード静岡2024」も開催されます。駿府城公園や静岡市役所、葵区役所前から続く広場「青葉シンボルロード」などで、演劇・ダンス・アートのイベントが数多く催されます。

劇団ロロ主宰の三浦直之さんがテキスト・演出を担った『パレードとレモネード』では、公募出演者と共に、50人以上の登場人物にまつわるオムニバスストーリーを展開します。

『The Road to Heaven』SPAC提供

韓国の最新現代サーカス『The Road to Heaven』では、長いポールを持った男が、会場を移動しながら、ポールを肩に載せて歩いたり、垂直に立ててよじ登ったり落ちたりする不思議なパフォーマンスを披露します。

かぶりもののタヌキが登場する演劇『タヌキのへそくり』(ワワフラミンゴ)や働くロボットのキャバレー演劇『恋するロボット』(ほころびオーケストラ)、ダンサー×建築家による竹の装置を使ったダンスパフォーマンス『ビトゥイーンズ・パーティー』(浅川奏瑛×演劇空間ロッカクナット)などが公園内や街中で繰り広げられます。「ストレンジシード静岡」開催中は、駿府城公園や青葉シンボルロード近くで、地ビールや地元焙煎の珈琲などを取りそろえたコミュニティスペース「フェスティバルgarden」もオープン。見て飲んで食べて、初夏の連休を漫喫できます。

「ふじのくに⇄せかい演劇祭2024」などのスケジュールやチケットの販売状況などの詳細は、公式HPをご確認ください。

鳩羽風子

「舞台は、人生が変わったと思える数少ない機会」。プレス発表会での宮城さんの言葉が心に残りました。一期一会の出会いをぜひ体験してみてください。