2024年もいよいよ終わりを迎えます。皆さんが今年観劇して印象に残った演劇・ミュージカル作品は何でしたか?数々の作品を取材し記事としてお届けした中で、また1人の観客として作品を観劇した中で、特に印象に残った作品をご紹介します。
ついに日本上陸!ミュージカル・アベンジャーズで創り上げたミュージカル『カム フロム アウェイ』
9.11の裏で起きた心温まる奇跡の実話をもとに作られたブロードウェイミュージカル『カム フロム アウェイ』。カナダにある小さな町・ニューファンドランドを舞台に、12名のキャストが織りなす100分間のノンストップ・ミュージカルです。
Apple TV+で配信されていた日本語字幕版をコロナ禍で観て以来、本作の虜になり、日本初演を待ち焦がれていました。
加藤和樹さんがカンパニーを「ミュージカル界のアベンジャーズ」と称した通り、安蘭けいさん、石川禅さん、浦井健治さん、加藤和樹さん、咲妃みゆさん、シルビア・グラブさん、田代万里生さん、橋本さとしさん、濱田めぐみさん、森公美子さん、柚希礼音さん、吉原光夫さんという盤石の布陣で迎えた初演。
約半年という長い稽古期間を経て、綿密に紡ぎ上げられた生で観る『カム フロム アウェイ』は想像以上の素晴らしさでした。
誰もが遭遇したことのない事態に戸惑いながらも、国籍や宗教を超えて助け合おうとする人々。アコーディオンや民族楽器を用いた島国ニューファンドランドの温かい音楽。テーブルと椅子のみが置かれたシンプルなセットで、飛行機内から島の酒場までを表現する空間演出。作品の展開を印象付けるダンスや身体表現。絶妙なバランスで積み上げられた完成度の高い作品に胸が震えました。
天災の多い日本では、いつ自分が被災者になるか、被災した方を受け入れる立場になるか分かりません。ここ数年でそれを経験した人も多いでしょう。そういった時に、私はニューファンドランドの人々のように包み込むような温かさを持てるだろうか。2024年3月というタイミングもあり、そんなことを考えさせられた日本初演でした。
戦争を描きながら身近な“居場所”に焦点を当てた『この世界の片隅に』
こうの史代さんによる原作漫画を元に、脚本・演出を上田一豪さん、音楽をアンジェラ・アキさんが務めた世界初演ミュージカル『この世界の片隅に』。すず役を昆夏美さんと大原櫻子さん、周作役を海宝直人さんと村井良大さんのWキャストで上演されました。
第二次世界大戦下の広島県呉市を舞台にしながら、本作から溢れるのはすずさんから滲み出る温かさ。アンジェラ・アキさんが手がけた音楽もそっとすずを包み込み、唯一無二のミュージカル作品に仕上がりました。
昆夏美さんと大原櫻子さん演じるすずさんは、これまでのミュージカルヒロインのイメージとは違ってのんびり朗らかで、愛らしいキャラクター性も魅力的でした。音月桂さん演じる径子も当時には珍しい自由恋愛で結婚した象徴的なキャラクターで、彼女が歌う「自由の色」は思い出すだけでも涙が溢れます。
そして本作のテーマとなっているのは、自分の「居場所」はどこにあるのかということ。すずだけでなく、本作に登場する登場人物、特に女性たちは自分の生き方を模索しながら、「居場所」を見つけていきます。個人的に戦争を真っ向から扱う作品は苦手意識があるのですが、本作は温かさと身近なテーマ性によって、すっと自分に寄り添ってくれるような作品に感じました。
日本初演のオリジナル作品である本作が、今後も上演され続けることを願っています。
炭鉱の町で生きる大人たちが脳裏に焼き付いたミュージカル『ビリー・エリオット』
2024年7月に上演されたDaiwa House presents ミュージカル『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』。1984年のイギリスを舞台に、炭鉱町でサッチャー政権と闘いストライキを行う大人たちと、バレエに魅せられた少年ビリーを描いた物語です。
1年以上かけて行われたオーディションを経て選ばれたビリー役の4名は、バレエで既に世界的に活躍する4人。その圧倒的な表現力はもちろん息を呑む美しさだったのですが、同時に印象的だったのは炭鉱の町で生きる大人たちの姿でした。
炭鉱だけが頼りだった町で、産業が縮小していく時にどう生きていくのか。未来を生きるこの町の子どもたちに、何を残せるのか。そこには綺麗事では語れない葛藤や苦しみがあります。ビリーの兄トニーの「俺たちは恐竜だ」という言葉は深く突き刺さりました。今年はドラマ『海に眠るダイヤモンド』でも炭鉱夫が描かれ、理解を深め、想いを馳せることができました。
AIが台頭し、いずれ約半数の仕事がなくなるとも言われる現代。彼らの物語は決して過去のものではないと思います。2幕冒頭では客席も町の人の一員になる演出もあり、まさに「時代を映す鏡」となる作品だと感じました。
また数々の名曲も本作の大きな魅力!エルトン・ジョンが手がけた楽曲は、耳に残る印象的な楽曲ばかり。やっぱりミュージカルに名曲は欠かせないと実感しました。
惜しまれながらのラストイヤー。伝説を残した『Endless SHOCK』
“帝国劇場の住人”とも称される堂本光一さんが、現・帝国劇場の閉館とともに25年の歴史の幕を閉じることを決断した『Endless SHOCK』。2024年は、帝国劇場・梅田芸術劇場・博多座での5ヶ月に渡る長期間公演、国内ミュージカル単独主演記録を更新、全国の映画館で大千穐楽公演をライブビューイングと、伝説を残したラストイヤーとなりました。
華やかな演出が盛りだくさんである本作。中でも数々のフライングや階段落ちなど、堂本光一さんが行う演出は文字通り命懸け。冒頭から出し惜しみせずにこれでもかと観客を驚かせ続けるその姿には、激しい命の輝きを感じます。お客さんたちが笑顔で、堂本光一さんの宙を舞う姿を見上げる空間は、まさにエンターテイメントそのものだなと何度もグッと来てしまいました。
ブロードウェイで夢を追いかけるカンパニーを描いた本作は、日本で誰も成し遂げたこのない伝説を作り続けた本作のカンパニーと重ねずにはいられません。大千穐楽では数々の台詞が、この日の彼らのために用意されたような、現実が限りなく作品に近づいたような、不思議な感覚に陥りました。
芸術の美しさと意義を繊細に描いた『ファンレター』
韓国創作ミュージカルを代表する人気作で、作家を志す孤独な青年セフンに海宝直人さん、彼に寄り添うもう 1 人の人物ヒカルに木下晴香さん、セフンが憧れる小説家ヘジンに浦井健治さんを迎えた日本初演『ファンレター』。
1930年代、日本による厳しい言論統制が行われた京城(現在のソウル)を舞台に、文人たちを描いた作品です。
“小説を書く”という演劇では一見地味になりやすい題材を、繊細に、しかし情熱的に描いた本作。文学や演劇に心救われた人生を送ってきたので文学を愛する登場人物たちに共感がしやすく、またコロナ禍に芸術が“不要不急”と言われ絶望的な気持ちを経験した今だからこそ、「芸術の光を残す」という作品のメッセージはとても刺さるものがありました。
海宝さんの安定感と繊細さ、木下さんの力強く怪しげな存在感、浦井さんの天才作家としての佇まいといった各役者の才能を存分に堪能できる作品でもありましたし、シアタークリエという臨場感のある上質な空間にもとてもマッチしている作品だと感じました。ぜひ、日本語脚本を販売してほしい!と思うくらい、美しい台詞ばかりでした。
日本に虐げられた時代を描いた本作は、日本上演までに様々な葛藤や困難があったことでしょう。でもそれを超えて、芸術として日本に届いたことは本当に心から嬉しく、しっかりと受け止めたいと感じました。
『ビリー・エリオット』然り、『ファンレター』然り、何かを後世に引き継いでいく尊さを感じられるようになったというのは、今年自分に感じた変化でした。年齢と共に感じ方が変わる演劇は、時代だけでなく、私自身を映し出す鏡だと思います。皆さんが2024年に心に残った作品は、何でしたか?Audienceの記事も、作品の魅力を伝える一部になれていたら嬉しいです。