音楽座ミュージカルが8年ぶりの新作として贈る『カイブツはささやく』。カーネギー賞とケイト・グリーナウェイ賞を同時受賞したイギリスの児童文学『A MONSTER CALLS(怪物はささやく)』を原作に、人が抱える嘘と真実、言葉にできない痛みを見つめる物語です。本作で主人公ヨナ・母・リリ・先生の4役のキャスト候補となっている森彩香さんに、新作に懸ける思いと、それぞれの役柄から感じる魅力を伺いました。

「ついに来た」今だからこそ新作に挑める

−音楽座ミュージカルは2026年YouTube動画でも大きな注目を集め、『マドモアゼル・モーツァルト』では全公演完売となっています。反響をどのように受け止められていますか?
「今まで音楽座ミュージカルはデジタルでの発信をあまりしていなかったのですが、YouTubeを通して今までミュージカルを観たことがない方も興味を持っていただき、“観てみようかな”と思ってくださったことが嬉しかったです。美容院に行ったら“ショート動画を見ました”と声をかけていただいたり、学校巡回公演で子どもたちが“あ、知ってる!”と言ってくれたり、そういう反応をいただくのは初めてのことなので、SNSの力に驚いています」

森さんは密着動画も話題になりましたよね。
「最初の撮影が密着だったのでびっくりしました(笑)。でもおかげさまで新しいお客様が増えたというのは嬉しいです」

−密着動画やオーディション動画など今まで見せてこなかった一面を見せることで、音楽座ミュージカルの覚悟が伝わったと思います。そして話題になった今、8年ぶりの新作『カイブツはささやく』を発表するというのも、皆さんの攻めの姿勢を感じます。
「攻めすぎましたよね(笑)。こんな短いスパンで新作を作るというのは、私が音楽座ミュージカルに在籍している11年間で初めてのことです。いつも新作というのはものすごく時間がかかるんです。ただ代表(相川タロー)も10年間作品を作ってきて、カンパニーとしても作品を作る力が上がってきている今だからこそ、新作を創る準備ができていると思います」

−児童文学『A MONSTER CALLS(怪物はささやく)』を原作にした新作という点はどう感じられましたか。
「私は元々原作が好きで素敵な作品だと感じていましたし、音楽座ミュージカルが作りたいこと、届けたいメッセージと繋がる部分があるという話は前からカンパニー内で話されていたので、ついに来たんだなという感覚でした。映像でもなく、朗読でもなく、ミュージカルで、舞台でこの作品の世界観をどう表現するのか。音楽座ミュージカルでは、舞台装置を動かすといった転換も含めて、全てが生き物として息づいていたいという思いがあるので、音楽座ミュージカルで、今のメンバーだからこそ、『カイブツはささやく』の世界を息づかせることができると思います。アナログな表現を含め、全部を有機的に息づかせていくことに挑戦できたら良いなと思っています」

白か黒かを求められる時代に、人間の曖昧さを描く

−上演にあたり改めて原作を読んでみて、どのようなところに魅力を感じられましたか。
「今、様々なことが白か黒かをはっきりしなければいけない世の中になっていると感じます。どれもそれぞれの角度から見た真実なのに、何が本当かを提示しなければいけない。そんな中で、人と人との関係性はグレーゾーンが多く、触れちゃいけないこと、言ってはいけないことが包み隠されていく。そんな歯がゆさが作品にギュッと詰まっているなと感じました。どちらとも言えない全てを背負って生きていくというのは、どういうことなんだろう?ということを考えさせられる作品だと思います」

−児童小説でありながら、かなり人間の複雑性が描かれていますよね。
「主人公が思春期真っ只中の少年というのも良いなと思います。大人でも子どもでもない、中間の時期にいる少年が、曖昧な世の中にどう立ち向かっていくのかを描いているのが良いなと思いました」

−高田 浩さんが手掛ける音楽についてはいかがでしょうか。
「凄く好きな楽曲ばかりです。色々なタッチの楽曲が出来ていて、特にカイブツの歌う歌が好きですね。なんとも言えない怪しさと、ずっと聴いていたい心地よさがあります。カイブツと言うと怖いイメージがあると思いますが、カイブツが歌う楽曲はとても楽観的な部分があります。人間や世の中を俯瞰していながら、痛みや弱みを全て分かっている様が描かれているので、期待していただけたらと思います」

4役のキャスト候補に。各役の印象は?

−既にYouTubeで公開されている1回目のオーディションで、森さんは母役を選ばれていましたよね。なぜ母役を選ばれたのでしょうか。
「どれか1つを選んでくださいと言われて、母役を選びました。お母さんが持っているメッセージ性が好きだなと思ったんです。人間は大抵の人が明日も生きられると思って生きてしまうけれど、お母さんは明日がないかもしれないという思いがあるからこそ出せるエネルギーや、“今、届けたい”思いがあるのがとても良いなと感じました。病気と言うと触れちゃいけないもののように扱われることもありますが、お母さんにとってはそれが日常であり、人生であり、全てで、今この瞬間をただ生きているだけ。世の中から見える自分と、当事者としての矛盾を全て背負っている役柄なので、挑戦したいと感じました」

−7月現時点では、ヨナ役・リリ役・先生役のキャスト候補にもなっています。4役の候補となると4役分の準備が必要なわけですよね。
「今はとても柔らかい状態なので、ファーストインプレッションで思ったことを素直に役に投影し、まっさらな気持ちで全ての役に挑めています。先日再度オーディションがあったのですが、年齢も性別もバラバラな役を候補に挙げていただいたので、準備はかなり大変でした。新作なので台本や歌詞・メロディーがギリギリに来て、ほとんど徹夜で準備しました」

−それぞれの役についても印象を伺えればと思います。まず、主人公のヨナについてはいかがでしょうか。
「クローズアップして彼のことを見ると凄く特別大変な子、問題を抱えている子のように映りますが、台本を読み終わってみると、ずっと言えなかったことや自分の中で嘘を本当にしてしまう感覚は、誰にでもあることだなと感じました。人の普遍的な一部分が詰まった少年だと思います。どんなに大切なことでも逃げ出してしまいたくなる瞬間というのは、人生のどの瞬間でもあると思います。そういうことに彼は若い段階で向き合い、一歩前に踏み出す物語になっていると思います」

−そんなヨナの幼なじみがリリという女の子ですね。
「今『カイブツはささやく』で描かれているリリは原作から濃度100倍にした個性的なキャラクターなので、最初はあまり共感ができませんでした。自分よがりな愛情やある意味執着にも見えますが、彼女にとっては正義感も含めて自分で選んだことを貫くので、意志の強い部分は魅力的です。誰もが相手から嫌われたくないと思う中で、そういうことを取っ払って思い続けられる生き方は尊敬します」

−先生はいかがですか?
「凄く一般的な人で良いなと思いました。世間と自分が信じていることとの狭間にいて、結局どこにも軸がないけれど、それってどこにいても良い人でありたい、良い存在でありたい、自分が良いなと思うことに対して真っ当でありたいという思いの現れだと思うんです。生きていたら先生のような瞬間というのはみんなあると思います」

今の世の中に何を届けたいか。熱量やメッセージが結集しなければ新作は生まれない

−オリジナルミュージカルを創る、新作を創るというのは様々なハードルや困難があると思います。正解のないものに挑む難しさもありますよね。
「ゼロから作品を生み出すというのは、時間だけ、お金だけがあればできるものではありません。作品を生む、人の心を揺さぶるものを創ることにおいては、やはり人の熱量や作品のイメージ、届けたいメッセージが全て集まらなければできないことだと思います。私たちも今、何を届けるべきか、それを体現できる力があるかどうかも含めて、鍛えながら新作に向かっていく、ステップアップしていく感覚があります。日頃生きている中でもただ生きるのではなく、今この瞬間、何を届けたいか。何をミュージカルとして届けたら、世の中を少しでも開いていけるかということを死ぬほど考えない限り、向き合わない限り、新作は創っていけないと思います」

−今、この時代、この日本に届けたい作品を創れるというのはまさにオリジナルミュージカルの良さだと思います。『カイブツはささやく』はどんなことを映し出す作品になりそうですか?
「主人公のヨナは13歳の少年なので、学校というコミュニティでの物語が描かれます。学校というのは人生の出発点、コミュニティの出発点のような場所だと思います。色々なことを学んでアウトプットするというのもそうですし、人と接して、誰かをいじめてはいけないということ、いじめたくなることがあることも含めて。今後の人生にも繋がる経験となる少年の時代をどう生きるかというのは、私たちが向き合わなければならないこれからの課題だと思います。自分の嘘と真実、相手の嘘と真実にどう向き合い、受け取り、返していくか。難しいことではなく、ミュージカルだからこそ感覚的に体感していただけると嬉しいです」

−原作では主人公の名前がコナーですが、江崎夜凪(ヨナ)という日本名に変わっているのも音楽座ミュージカルのこだわりを感じます。
「実は意味があるんですよ(笑)。音は変えずに、日本語の名前にすることで誰かの物語ではなく、私たちの物語にできたらと思います」

−音楽座ミュージカルの作品には生きることの尊さや純真さを感じます。音楽座ミュージカルらしさ、というのはどこから生まれていると感じられますか?
「今、この瞬間に例え色々なことが起きていようと、どれだけ不可能なことがこの先に待ち構えていようと、今この一瞬で何かを、世の中を、自分を変えることができるという可能性だけは、絶対にどの作品にも込められていると思いますし、それが音楽座の作品だなと感じます。演劇には今この瞬間、何かを変える力があると信じています」

−最後に『カイブツはささやく』を楽しみに待っている方に向けて、メッセージをお願いします。
「大いに自由に、色々なことを想像していていただきたいと思います。そして自分が思い描いていた『カイブツはささやく』と、実際に見て感じる変化を楽しんでいただきたいです。上演までにたくさん、カイブツって何だろう?自分の中でこれはどういうことだろう?と思いを馳せていただけたら嬉しいです」

撮影:晴知花

音楽座ミュージカル『カイブツはささやく』は2026年10月11日(日)に大田区民ホール・アプリコ 大ホールでプレビュー公演を実施後、12月11日(金)から12月20日(日)まで草月ホールにて上演が行われます。公式HPはこちら

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Yurika

原作を読みました。文字数が制限された少ない情報の中で何が「善」で何が「悪」かを決めつけ、「悪」を徹底的に叩きのめす。そんな風潮に嫌気がさしていて、絶望もしていて、人間は善悪の二分化できない複雑性があると知っていながら、時々鵜呑みにしてしまいそうになったりする。そんな今の時代に、人間の複雑性と、自分の絶望感と罪悪感を丸ごと温かく抱きしめてくれるような作品でした。涙が止まらなくなると共に、生きることの尊さをピュアに描ける音楽座ミュージカルさんだからこそ、この作品を演劇として、ミュージカルとして、温かい作品にしてくださるんじゃないかと希望を感じました。舞台上に立たれているとつい目で追ってしまう存在感を放つ森さんが、どの役を演じられるのかも楽しみです。