ベトナム戦争の終結から半世紀を経た今、早稲田大学国際文学館と歴史館で企画展「『ミス・サイゴン』から見る世界—戦争、難民、そして文学」が開催されています。

2026年5月1日(金)から11月8日(日)まで、およそ半年間の展示期間で、ミュージカル作品の背景にあるベトナム戦争と、そこから生まれた難民文学に光を当てる本展。

会期中の2026年10月から、ミュージカル『ミス・サイゴン』の全国公演が4年ぶりに幕を開けることが決定しています。舞台を観る前の予習として、あるいは観劇後の理解を深めるために、ぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。

戦争によって引き裂かれた愛を描いた名作『ミス・サイゴン』

『ミス・サイゴン』は、『レ・ミゼラブル』のクリエイティブ・チームが手がける第2作目の作品として製作されたミュージカルです。

プッチーニが作曲したオペラ『蝶々夫人(マダム・バタフライ)』を原作にしたこの物語は、ベトナム戦争末期のサイゴンを舞台に、ベトナム人の少女キムと米兵クリスの愛を描きました。セリフはなく、すべてが歌で表現される形式で、「命をあげよう」「アメリカン・ドリーム」「世界が終わる夜のように」「サン・アンド・ムーン」など数々の名曲が知られています。日本では1992年の初演以来、何度も再演を重ねてきました。

2026年から2027年にかけて上演される『ミス・サイゴン』では、ベトナム人の少女・キム役に屋比久知奈さん、清水美依紗さん、ルミーナさんがキャスティングされています。キムと愛し合う米兵クリスには、甲斐翔真さんと小林唯さん、そしてキムが働くキャバレーの経営者・エンジニア役には、駒田一さん、東山義久さん、桐山照史さんの名前が並んでいます。

今なお爪痕の残るベトナム戦争 

ベトナム戦争とは、1960年代から70年代にかけて世界を揺るがした大きな戦争です。

当時、ベトナムは南北に分断されており、アメリカに支援された南ベトナム軍と、北ベトナム軍・南ベトナム解放勢力の連合軍が争う構図となりました。

最終的にアメリカがベトナムから撤退し、1975年のサイゴン陥落によって戦争は終結。ベトナムは北ベトナムによって統一され、1976年にはベトナム社会主義共和国が成立しました。

この戦争による人道的・環境的被害はすさまじいものでした。
森林地帯におけるゲリラ活動を妨害するためにアメリカ軍が撒いた「枯葉剤」は、その後数十年間にわたり人々へ健康被害をもたらしました。病気や労働能力の低下のほか、先天性の障害を持った子どもたちが生まれるなど、戦争経験者の次の世代にまで被害が及んでいます。

また、アメリカの支援を受けていた南ベトナムの人々は、国の新体制に不安を抱いたり、迫害を恐れたりしました。多くの人々が祖国を離れることを決意したのです。

彼らはボートに乗って国を出航し、その後近隣の東南アジア諸国へと亡命しました。中には途中で遭難し、漂流しているところを救助された人々もいました。こうした難民たちは「ボートピープル」と呼ばれました。

「『ミス・サイゴン』から見る世界—戦争、難民、そして文学」では、ミュージカル『ミス・サイゴン』で描かれたベトナム戦争の終末期から戦後を出発点に、その時代に生まれた難民文化や文学を紹介します。

当事者の言葉が紡ぐ、戦争と難民の物語

本展では、ここまでご紹介してきたミュージカル『ミス・サイゴン』、そしてベトナム戦争の残した歴史と傷跡を、3部構成で展開しています。

【Ⅰ】では、フランスとの独立戦争から南北ベトナムの分断、そしてアメリカの介入といった、ベトナム戦争を取り巻く歴史を体系的に振り返ります。

そして【Ⅱ】では、ミュージカル『ミス・サイゴン』の舞台や登場人物を通して、戦争が人々の人生に残した傷跡、そして記憶に光を当てています。

鑑賞者は、歴史的事実と、それをもとにした芸術作品の両方を通し、多面的な角度でベトナム戦争を知ることができる構成となっています。

さらに【Ⅲ】へ進むと、戦争体験や祖国喪失によって生まれた難民文学が紹介されます。戦争の経験は、文学にどのような影響を及ぼしたのでしょうか。ここではベトナム戦争を背景にした作品を中心に、それぞれの「当事者としての声」が描かれています。

たとえば、『私たちにできたこと 難民になったベトナムの少女とその家族の物語』(椎名ゆかり・訳、フィルムアート社)。作者のティー・ブイさんは、ボートピープルとしてアメリカで育ちました。自身が母になったことをきっかけに、祖国ベトナムと再び向き合うノンフィクション・グラフィックノベルです。

本作では、5世代にわたるベトナム人家族の歩みを、絵や色彩、コマ割り、モノローグなどを使って独自の表現で描き出しています。アメリカン・ブック・アワードを受賞したほか、全米批評家協会賞、アイズナー賞などにもノミネートされました。

また、1988年生まれの詩人オーシャン・ヴオンさんの小説デビュー作『地上で僕らはつかの間きらめく』(木原善彦・訳、新潮社)では、戦争によって祖国を離れ、新天地アメリカで生きる三世代の姿が描かれています。本作はヴオンさんの自伝的小説であり、喪失の痛みや戦争の傷跡が、美しく鮮烈な言葉で綴られています。

「『ミス・サイゴン』から見る世界—戦争、難民、そして文学」の展覧会情報は以下の通りです。
会期:2026年5月1日(金)~11月8日(日)
開館時間:10:00〜17:00
休館日:毎週水曜日、夏季休業(8月3日~19日)
※5月6日・13日・20日、9月23日、10月14日・21日は開館
入場料:無料
主催:早稲田大学国際文学館
会場:早稲田大学国際文学館展示室、早稲田大学歴史館(2会場開催)

早稲田大学国際文学館の公式HPはこちら

糸崎 舞

忘れてはいけない歴史上の出来事を、ミュージカルや文学として残すということ。これが芸術の持つ大きな力だと実感しました。大きな意義のある本展示に、ぜひ足を運びたいと思います。