KAAT神奈川芸術劇場プロデュースの舞台『蛙昇天』が、2026年10月より同劇場のホールで上演。劇作家・木下順二さんの名戯曲をウォーリー木下さんが演出し、中山優馬さんが主演を務めます。2026年度メインシーズンのテーマ「なぜ人は線を引くのか -Why do people draw the lines ?」を掘り下げる3作のうちの1作としての上演です。

実際に起きた事件を蛙の世界に写し取った風刺劇

舞台『蛙昇天』は、米ソ冷戦が激化するなかでシベリア抑留者の帰還をめぐって当時の日本社会を揺るがせた「徳田要請問題」をもとに、劇作家の木下順二さんが書き下ろした戯曲です。

本作では、複雑な政治的対立の場に引きずり込まれても事実に対してただ誠実であろうとした青年が自ら命を絶つに至った実際の事件を、蛙の世界で起こる悲喜劇として展開。私たち人間を「個」という存在で捉えたとき、世間のありように揺さぶられ、容易にゆがめられてしまう脆さを生々しく風刺しています。

作者の木下さんは、戦後の日本演劇界を代表する劇作家。民話を素材に創作した戯曲のなかでも、『夕鶴』は1000回以上にわたって上演されるほど人々に親しまれています。また、『風浪』『オットーと呼ばれる日本人』『巨匠』などリアリズムに深く根差した作品を数多く残し、戦後演劇におけるひとつの型を生み出しました。さらに『平家物語』の世界を壮大に描いた戯曲『子午線の祀り』は、歌舞伎から能、狂言、現代演劇まであらゆるジャンルの俳優・スタッフが集まり創り上げた傑作として、演劇史上に名を刻んでいます。

一貫して歴史と向き合い、人間のあり方を問い続けてきた木下さんの精神は、『蛙昇天』にも息づいています。本作は1951年に発表されるや大きな注目を集め、三越劇場で初演された際には、当時まだ高校生だった演出家の蜷川幸雄さんも観劇。衝動的なものをそのまま表す演劇手法に心揺さぶられた体験が演劇を志すきっかけとなった、と蜷川さんは後年に語っています。

<あらすじ>
ここは池の底に広がる蛙の世界。自分たちの住む池に突然石が投げ込まれる事件が起こる。取り囲むアオガエルたちは、これは陰謀ではないかと騒ぎ始める――。

アオガエルの国では、2大政党のデモフリ党とカプリ党が政権争いを繰り広げていた。デモフリ党の構成員たちはカプリ党を陥れようと、あれやこれやと画策する日々を過ごしている。そんなさなか、アカガエルとの戦争に負け、捕虜に取られていた仲間たちの帰還が活発化。帰ってきた一部メンバーから、あるアカガエルの一言についてデモフリ党に告発が舞い込む。カプリ党から捕虜が「アカガエルになるまでは帰してもらっては困る」と要請があった、と言っていたというのだ。格好の争いの種となったこの発言をめぐって、大騒動が勃発する。その矢面に立たされたのは、この一言をアオガエル語に通訳した帰還兵のシュレ。たくさんの思惑が渦巻く中、シュレは証言台に立つ。彼はただ、あるがままの真実を伝えようとするのだが――。

“なぜ人は線を引くのか”KAATメインシーズンテーマ作品に選出

「世界のニナガワ」と称された蜷川さんにも影響を与えた不朽の名作が、KAAT神奈川芸術劇場で上演されます。同劇場では、2期目の芸術監督を務める劇作家・演出家・俳優の長塚圭史さんのもと、2026年度メインシーズンのテーマを「なぜ人は線を引くのか-Why do people draw the lines?」に決定。本作は、このテーマを掘り下げる3作のひとつに位置づけられています。

2026年度メインシーズン第1弾は、10月10日より開幕の舞台『ジャングル』。実在の難民キャンプを題材にした作品に、阿佐ヶ谷スパイダースが公募による神奈川県民と挑みます。第3弾の舞台『もうちょっとしたら、このあたりで(仮)』は、2027年1・2月に上演される予定です。

インターネットやSNSが隆盛する現代、さまざまなしがらみを越えて個と個が容易につながれるようになりました。しかし、自由な交流によって生じる声がかえって社会の線をくっきりと際立たせ、人々の分断を煽ることも少なくありません。

本作でも、個人と民衆、真意と解釈、政治対立といったさまざまな線が引かれ、「個」と社会がぶつかり合います。その揺らぎを懸命に生きる蛙たちの視線から見つめ直したとき、自分の存在意義とはいったい何なのか、考えさせられることでしょう。

ウォーリー木下の演出でパフォーマンス劇に

『蛙昇天』の演出を手掛けるのは、戯曲家・演出家のウォーリー木下さん。演出においては役者の身体性を重視し、テキストに関しても小説や詩など戯曲以外のものを使用することが多いのが特徴です。

2021年には東京2020パラリンピック開会式の演出を任され、異なる価値観や立場の違いをも包みこむような力強いパフォーマンスが大きな反響を呼びました。また、2015年よりハイパープロジェクション演劇「ハイキュー!!」シリーズの演出・脚本を務め、演劇と映像テクノロジーを融合させた新しい表現にも挑戦しています。

近年の主な実績、舞台『1995117546』の企画・作・演出や、2026年のミュージカル『ダブル・トラブル TAKE2〜Hollywood Ending~』の演出など。2024年にはオリジナルミュージカル『町田くんの世界』とミュージカル『チャーリーとチョコレート工場』日本初演版の演出により、第49回菊田一夫演劇賞を受賞しました。

多彩な経験を持つウォーリー木下さんですが、実はKAATで演出するのは今回が初めて。自身が強く惹かれる「木下戯曲の持つ遊戯性とユーモア、そして登場人物たちの迷いが常にマーブル模様で(水の中の光の反射のように)ゆらめいていること」を固定化せずに、パフォーマンス劇として作ってみたいと意気込みを語っています。

本作の音楽は、音楽家のトクマルシューゴさんと西村直晃さんが担当。CMにドラマ、映画、舞台、アニメーションと幅広いジャンルで楽曲制作するトクマルさんは、ウォーリー木下さん演出の作品にも参加したことがあり、厚い信頼を得ています。また、のこぎり演奏家でもある西村さんはトクマルさんとの交流も深く、同じ「のこぎりバンド」で活動中。今回は演奏メンバーの一員としても演出面をサポートします。

そして、ダンスグループ「モモンガ・コンプレックス」のメンバーである北川結さんと仁科幸さんが振付を担います。これまで国内外の演出家や振付家の作品に出演してきた2人が、どんな振付で本作のパフォーマンスを盛り上げるのかも見どころです。

蛙の世界に観客を呼び込むキャスト陣は?

本作で真実を伝えようと立ち上がるも、世間の波に翻弄される主人公・シュレを演じるのは、中山優馬さんです。2008年のNHK連続テレビドラマ『バッテリー』でドラマへの初出演と初主演を同時に達成。以来、映像作品だけでなく、ミュージカルやストレートプレイなどの舞台にも活躍の場を広げています。2026年3月に日本初演された韓国発のミュージカル『破果』では、アクションシーンもある暗殺者の役に挑戦。9月末まで、作家・演出家の鴻上尚史さんがかつて率いた劇団「第三舞台」のメンバーと若手俳優が集うカンパニー「第三舞台2026」の舞台『パレイドリア』に出演中です。

さらに、作・演出・出演全てを自身で担うステージ『ONE MAN』シリーズを企画。2025年に第1弾、2026年5月に第2弾を開催しており、歌にダンス、芝居を織り交ぜた多彩なパフォーマンスでファンを魅了しています。

シュレの元同僚であるグレ役は、舞台を中心に着実に力を伸ばし、近年話題作への起用が続く矢崎広さんです。2024年7月から2025年6月まで、ミュージカル『ハリー・ポッターと呪いの子』の3年目キャストとしてロン・ウィーズリー役を好演しました。2025年にはミュージカル『ボニー&クライド』のクライド役でW主演を務め、第33回読売演劇大賞で3つの賞を獲得した舞台『最後のドン・キホーテ THE LAST REMAKE of Don Quixote』にも出演。現在、9月22日まで全国を巡演中の舞台『母さん、ラブソングです。』にて、田中圭さんとともに二人芝居に挑んでいます。

シュレの母・コロ役には、元宝塚歌劇団雪組トップスターで、退団後も俳優として活躍し続ける音月桂さんがキャスティング。宝塚歌劇団時代からダンス、芝居と3拍子揃った実力に定評がありましたが、数々の作品に出演するなかで一層磨きがかかっています。直近の2026年8月まで、井上ひさしさんの未上演戯曲としても注目を集めたPARCO PRODUCE 2026『うま-馬に乗ってこの世の外へ-』に出演していました。

主人公と周囲の蛙たちが何を思い、何を信じ、どう行動したのか。それぞれの生き様をしっかり見届けたくなります。

そして、温水洋一さんや神保悟志さん、市川しんペーさん、中村里帆さんと個性溢れる俳優がキャストに名を連ねます。

このほか、俳優として多彩な活躍が光る久ヶ沢徹さん、町田マリーさん、百瀬朔さん、白又敦さんらが出演予定です。

舞台『蛙昇天』は2026年10月24日(土)から11月8日(日)まで、KAAT神奈川芸術劇場 ホールにて上演されます。公演に関する詳細は、公式HPをご確認ください。

もこ

蛙の世界という特殊な設定にすることで、かえって人間の「個」としての脆さや集団による圧力の恐ろしさがはっきり見えてくるように思います。それにどう向き合っていけばいいのか、今この世の中に生きる私たちだからこそ、考えなければならないのかもしれません。