イギリス気鋭の劇作家サイモン・スティーヴンスさんと、盟友で世界的演出家ショーン・ホームズさんによって贈られる新作舞台『スリーゴースト』。PARCO劇場に書下ろされ、堺雅人さんや段田安則さんら豪華キャストが出演する特別な本作について、お2人にお話を伺うことができました。今、お2人がこの作品に込めた思いとは?

パンデミック後、新たな世界を見つめて書いた最初の戯曲

−本作はサイモンさんが東京の街を歩いて構想を練られた作品だと伺いました。東京でどのようなことを感じて、この作品が生まれたのでしょうか。
サイモン「東京の街を歩いた1週間は、その後何年も忘れられない、凄く特別な1週間でした。日本で暮らしたことのないイギリス人の劇作家が「これは日本についての劇です」と言うのは間違いだと思いますので、あくまで、日本の中でも特に東京という街に触発されて、インスピレーションを得て書いた戯曲と言うのが正しいと思います。僕は歴史家ではないですし、政治家でもない。物語を書く人なので、僕の主観で書いた作品です。
具体的には5日間毎日、1日にお2人ずつガイドになってもらい、一緒に街を歩いてもらいました。その方々にお願いしたのは、その人にとっての“東京”に連れて行ってくださいということです。その人の好きな場所や、自分を定義づけるような場所、大切だと思える場所に連れて行っていただき、その人たちの生活や人生のこと、人間関係についてお話をしてもらいました。
2022年のことです。まだコロナ禍から抜けきらない時期だったので、写真ではみんなマスクを着けています。変わりつつある世界、新しくこれから訪れることについて分かろうとしていることについて、お話ができたと思います。
1つ僕から人生のアドバイスをするなら、劇作家に自分のことを話してはいけません(笑)。僕の記憶では皆さんには事前にちゃんとお伝えしていたと思いますけれど、皆さんにお話し頂いた様々なことが、この戯曲に組み込まれています。例えば日本の家父長制や経済といった大きなことから、特別に美味しいラーメン屋さんといった些細なことまで。
パンデミック後、僕が最初に書いた戯曲が『スリーゴースト』です。新しい形の世界を僕なりに理解しようと、見つめようとして書いた作品になっていますし、東京の街を歩いたことは、その始まりだったと思います」

−ショーンさんは本作を演出するにあたり、東京から受けたインスピレーションが反映されることはありますか?
ショーン「とても面白い問いですね。今稽古場で作っているものは、ある意味、僕たちだけの独自の世界を作っていると感じています。サイモンが東京についての戯曲ではなく、東京からインスピレーションを受けた戯曲だと言い換えたのと似ていると思うのですが、僕にできることはサイモン・スティーヴンスの世界を作ること。これは“イングリッシュ・トウキョウ”もしくは“ジャパニーズ・ロンドン”であって、アーティストとしてサイモンさんの中にあるものです。
この戯曲が何を捉えているかというと、自分を恥じる気持ち・後ろめたさや、罪悪感・責任ということを書いた戯曲だと思うんですね。これは日本に限らず、どんな世界、社会にも存在するものです。俳優さんたちは、ご自身の日本人としての感覚を持ち込んできてくださるので、僕たちと一緒に何か面白いシナジーが生まれると良いなと思います。メタファー的な形で見せながらも、真実味があり、お客様と響きあう、明確な物語であることを目指しています。
また別の形でお答えをすると、本作は東京での僕の5本目の演出作品となりますので、これまで僕が東京で過ごした時間をギュッと重ねたら、多分1年くらいにはなると思います。そういう意味では自分でも気づかないうちに、東京の印象や、東京で受けた感覚の影響を受けているんだろうと思いますね」

劇場に、戯曲に、街に。亡霊は取り憑いている

−『スリーゴースト』には3人のゴーストが登場します。以前、ショーンさんに『桜の園』についてインタビューさせていただいた時、「優れた戯曲には亡霊が取り憑いている」とおっしゃっていたことを思い出しました。お2人の中でゴーストというのは共通のキーワードとしてあったのでしょうか。
サイモン「歳を重ねるごとに、そういうことを考えるようになった気がしますね。死を真剣に考え始めるようになることと、とにかく死を考えないようにすること−それは同じことだと思います。僕はお化けや神様は信じていないんですけれど、素晴らしい演劇、素晴らしい劇場にはゴーストが取り憑いていて、とても聖なるものだと思っています。例えば稽古場−どんなに綺麗に整理されていても、ここでこれまで芝居をし、オーディションをし、稽古をしてきた全ての俳優たち、それが素晴らしい時もあればひどい時もあって、自分には乗り越えられないと泣いた俳優もいたでしょうし、恋に落ちた人もいれば、戯曲に恋した人もいたでしょう。そういった想いが重なって、ここにはゴーストがいるんだなと思います。
また僕は街が好きなのですが、劇場だけでなく、素晴らしい街、カフェやバー、通りにもゴーストはいるのだと思います。
そして僕の戯曲で、その登場人物がかつて選ばなかったもの、もしくは意識的でも無意識的でも自分の人生を変える出会いというのは、そのゴーストの影響があると思いますし、そういう存在が年々、戯曲で存在感を増しているのだと思います」

ショーン「よく言うように、優れた戯曲には亡霊が取り憑いています。それは文字通りゴーストとして出てくるものもあれば、『桜の園』の亡くなった子どものように実際には登場しないけれどその存在が確かにそこにあるという場合もあります。日本で僕が演出した戯曲には全て亡霊が取り憑いています。『セールスマンの死』では過去というものがゴーストのようにやってきてウィリーの現実に重なっていきますし、『リア王』ではリアの妻がいないということ、その不在こそがそうなのかもしれません。また『リア王』は、タイトルはキング(King Lear)ですが、彼は冒頭の10分くらいでキングではなくなります。かつて王だったリア、というのもまた、ゴーストの1つなのかもしれません。
特に日本で演出した作品では、過去や未来のイメージがすれ違い合う、重なり合うといったこと、もしくは記憶と現実が同居するということがなぜか多く存在します。
もしかしたら劇の登場人物というのはそもそも、みんなゴーストなのかもしれません」

−本作で主演を務める堺雅人さんは、これまで数々の話題作に出演し、現在もドラマ『VIVANT』が日本中で人気を集めています。堺さんの印象はいかがですか?
ショーン「非常に面白いのは、彼がそれほど有名だということを僕らは知り得ないということですね。もちろん有名であるということは伺いますし、素晴らしい俳優であるということは分かるけれども、僕らは違う文化から来ていて、日本のテレビも見ていないので、全く分からない。僕たちといる時の彼がどんな人間かということでしか、判断できないんです。その上で、彼はただただ、素晴らしいです。
ものすごくオープンで、コラボレーションしてくださる。とても準備をしてきてくださる方ですが、それとは違うことも喜んでやってくれます。最高の俳優が持っている、ものすごく深い好奇心というのをお持ちなのだと思います。
そして稽古場にいるあらゆる人たちに対してとても寛大です。有名な俳優さんの中には、その方がいらっしゃると部屋の空気が変わるような人もいますよね。でも僕たちの稽古場で雅人さんは優雅に美しく、チームの一員でいてくれています。みんなと一緒に最高の作品を作るために僕はいます、という佇まいをしてくれているのが、本当に素晴らしいと思います。とても人間的だし、ニュアンスもすごく繊細で、真実味のあるお芝居をされる方です」

この世界で生きている感覚を再構築する

−本作にはデジタル社会や資本主義における社会的なメッセージも込められた作品だと感じます。
サイモン「エッセイを書くのであれば何かテーマを設けるものですが、戯曲はずっと探求を続けるものなので、戯曲を書いて数年経つまで、その戯曲のテーマが何なのか自分でも分かりませんでした。今、稽古を通して僕も理解しているところなのですが、もしこの戯曲の中に何か問いがあるとするならば、資本主義の現代で、世界がテクノロジーの方に向かわざるを得ない状況であること。テクノロジーによって人間がどんどん孤立していっていること。コミュニティから人々を孤立させるテクノロジー企業が、巨万の富を稼いでいるということ。そんなテクノロジーの世界で、愛と共に生きることは今もこれからも可能なのだろうか?ということだと思います。“もし可能なら?”ということを劇中でも投げかけています」

ショーン「社会的な、政治的なメッセージがあるというより、戯曲の中でキャラクターたちにそれが影響を与えているという感覚です。この戯曲に出てくる“戦争”とは、実際の“戦争”ではなく、ゴーストの戦争であって−本当に起きていることなのか、誰に見えていて誰に見えていないのか、誰が見ないようにしているのか…しかしそれが世界の真実だと思います。
例えば日本もロンドンもどんどん夏は暑くなっていて、我々は人間として何かしなきゃいけないってことは分かっている。それでも僕らは飛行機に乗ってやってきたし、ペットボトルでお茶を飲むし、ファストファッションを身につけます。
この戯曲で何か政治的な意見を表明したいとか宣言をしたいというよりは、そういう世界で生きている感覚がどういう感覚なのかを、再構築するということなのだと思います」

撮影:山本春花

PARCO PRODUCE 2026『スリーゴースト』は2026年10月6日(火)から10月27日(火)までPARCO劇場にて上演。(10月6日はプレビュー公演)11月6日(金)から11月8日(日)まで【岡山】岡山芸術創造劇場ハレノワ 中劇場、11月12日(木)から11月23日(月祝)まで【大阪】SkyシアターMBS、11月27日(金)から11月29日(日)まで【愛知】穂の国とよはし芸術劇場PLAT 主ホール、12月3日(木)から12月6日(日)まで【宮崎】メディキット県民文化センター(宮崎県立芸術劇場)・演劇ホール、12月10日(木)から12月13日(日)まで【福岡】J:COM北九州芸術劇場 大ホールにて上演されます。公式HPはこちら

Yurika

盟友であるお2人と、日本のご縁があったからこそ生まれた作品であり、現代のデジタル社会だからこそ描かれる愛の物語となっています。ゴーストと言うと現実離れしたイメージも湧きますが、お2人のお話を聞くとごく身近な、人間にとって避けては通れない、過去や失ったものと向き合うこと、また人々の歴史と生きている日常そのものなのかなと感じました。日本の俳優によって本作がどのように立ち上がっていくのか楽しみです。