2026年11月から兵庫・東京で上演される舞台『ロックンロール』。イギリスの世界的な劇作家トム・ストッパードが祖国チェコスロヴァキアを舞台に描いた本作の演出を手がけるのは、翻訳家としても活躍し、2026年8月まで新国立劇場の演劇芸術監督を務めた小川絵梨子さん。作品に対する印象や演出の構想、カンパニーの印象を伺いました。
トム・ストッパード自身が投影された物語
−小川さんがトム・ストッパード作品を演出するのは4作目となります。『ロックンロール』はトム・ストッパード作品においてどのような位置付けの作品なのでしょうか。
「元々ご自身が音楽をお好きだったというのもあると思いますし、主人公のヤンはチェコ出身で戦時中にイギリスに逃れ、お父様は戦死、ユダヤ人の出自を持っているという部分はストッパードさんと全く同じです。役が途中からご自身から離れていったとはお話しされているんですけれども、どこかやはりご自分を投影されているところがあると思いますし、実在のチェコの劇作家と文学者の議論が作品に描かれているなど、当時を反映させた作品だと思います。時代に巻き込まれながら、それでも人間らしさを失わないように生きていた人たちのことを描きたかったのだと考えています」

−トム・ストッパードさんの作品と言えば小川さんも演出された『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』を思い浮かべる方も多いと思いますが、本作はそれとはまた違う、読み解くのが難しい作品ですよね。
「私たちもなかなか難しいのが来たなと思いながら取り組んでいます。歴史やロックに詳しい方は入りやすいところもあると思うのですが、日本の私たちからするとなかなか知らない歴史が多く、カンパニーでも1週間ほど丁寧に本読みをし、チェコの歴史専門の先生に来て頂いて講義と質疑応答をしていただきました。どうやったらこの時代のこの人たちが見ていた景色が、少しでも自分たちに見えるようになるかということを探っていきました」
−観客にとっても馴染みのない歴史が多い中で、どのように見せていこうと考えられていますか。
「言葉の全てを分かっていただく必要はもしかしたらないのかもしれないと思っています。本作は人間関係というのが非常に丁寧に描かれていて、師弟関係の崩れやその痛みについて、夫婦における葛藤、三角関係など、人間関係の機微がとても鮮やかに描かれています。約20年の間に関係性が変化していくのも面白いので、そこを楽しんでいただければ良いのかなと、その裏に歴史があるという風に見ていただけら良いのかなと思っています」
−約20年間の月日を、次のシーンに唐突に切り替わるスマッシュカットと呼ばれる技法で見せていくのも本作の特徴となります。これを小川さんがどう演出されるのかも楽しみです。
「ありがとうございます。年代は必ず出していこうと思っています。というのも、やはりその年代の裏には大統領や政権が代わったり、事件が起こったりしていて、それによって登場人物たちの置かれている状況が変わっているんです。その年代で何が起こったかを知らなくても、彼らの行動によって時代の変化が見えてきたら良いと思いますし、服装や髪型によっても変化を感じていただけるようにしたいと思います」
小瀧望に感じた「舞台上で正直にいることを突き詰める強さ」

−小瀧望さんが演じる、ソ連軍の侵攻に揺れる祖国へ帰国するヤンと、吉原光夫さんが演じるイギリス人大学教授のマックス、この2人の関係性が作品の大きな軸となっていくのでしょうか。
「そうですね。2人ともケンブリッジ大学では共に共産主義について研究していますが、マックスは共産主義の理想を信じて疑っていません。一方でヤンは、大学から離れて共産主義の国に行き、それが激化したことで弾圧が起こったり、自分自身も刑務所に入れられたりと、理想とは異なる現実を目の当たりにします。ヤンからすれば“先生は何も分かっていない”と思うし、マックスからすれば“そんなことで諦めるなんて”と、2人の間に乖離が生まれていってしまいます。でも実は2人にはお互いに“分かってほしい”という思いがあるからこそ、まるで親子のように繋がりが強いからこそ出てくる軋轢なんだろうなと思うんです。また互いに秘密を抱えている中で、どんな結末を迎えるのかというところが見どころになってくると思います」
−ヤンを演じる小瀧さんは、2021年に『検察側の証人』でご一緒されて以来、小川さんとの再会を熱望されていたとお話しされていました。小瀧さんの稽古場の印象はいかがですか?
「すごく素敵で、本当にカンパニーを引っ張っていってくださっています。今回はキャストの方々、スタッフの方々に本当に助けて頂いていて、キャストの皆さんもすごく勉強してくださっています。台本を読んでいると私自身も何を軸に描いていけば良いのか頭を抱えてしまったり、細かい台詞に目が行ってしまったりしていたんですけれど、皆さんが演じている姿を見ると、もっと人間関係のことで良いんだ、この人がどんなものを後ろに抱えているのか、どんな思考であるかを伝えるだけでも魅力的に見えるんだということを教えて頂いています。
小瀧さんは元々素敵な方でしたが、久しぶりにご一緒して、さらに舞台上にいる力みたいなものが増しているなと感じました。舞台の上で正直にいるということをご自身もこだわっていらっしゃると思うんですけれども、そこをちゃんと突き詰めていく強さや、自分の役ヤンと相手役、作品を信じてくださる力というのが巨大化していて、いつも尊敬の念で見ています」
−マックス役の吉原光夫さんの印象はいかがでしょうか。
「本当に凄い方ですね。ドーンと存在感を持っていてくださって、マックスが理想としていたものが歳を取って変わっていくことへの葛藤を凄く抱えてくださっています。信じていたものがそうではないと気づくことは、マックスにとって大きな葛藤です。主義主張を単に言うだけでなく、そこに滲む彼の葛藤や痛み、自分自身への不甲斐なさがちゃんと漏れて滲み出ているので、やはり凄いなと思います。台詞の1つ1つが“読んでいる言葉”ではなく“生きた言葉”になっているということを実感しますし、そういった素晴らしい俳優さんに囲まれて、幸せな状況でやらせて頂いているのだなと日々感じています」
時代の揺れの中で、人はどう生きる?
−『ロックンロール』というタイトル通り、ヤンが愛するロックバンドの名前、音楽も数々登場します。
「例えば本作に出てくるロックバンド〈プラスチック・ピープル・オブ・ザ・ユニヴァース〉は、実際にチェコの人々からすると誰もが音楽や名前を聞いたことのある象徴的なロックバンドであり、彼らが弾圧されたことは時代が変わったきっかけの一つだったそうです。劇中にもその音楽が掛かりますので、時代と共に音楽の変化もヒントにしていただければと思います。ロック自体が解放や反抗、抵抗というものを持っているものだと思いますので、そこがヤンの生き方とリンクしてくると思います」
−政治や時代の情勢によって音楽・エンターテインメントが規制されることを描いた作品でもありますね。
「彼らにしてみれば、最初は自由だったのが、気づけばいつの間にかものすごく規制されている時代へと移っていきます。いつ何が起こるかは分からないものですし、それは決して遠い物語ではないのかもしれないということを、彼らを通じて私たちも体験できるのではないかと思います。秘密警察による監視下に置かれ、楽曲が演奏できなかったり、思想自体も自由ではなくなったり、ちょっとしたことで投獄されてしまう。ヤンも“色々な人が色々な意見を言えることが現代の生き方ではないのか”と問いかけます。私たちもいつそうなるか、100%ないとは言い切れないと思います。そういった意味では過去の話ではなく、もしかしたら私たちの未来の話なのかもしれないとも感じます」
−舞台美術における構想についてもお聞かせください。
「チェコとイギリスを行き来する物語なので、今どちらにいるのかはっきりと分かるよう、美術の小倉奈穂さんが創ってくださっています。走り回って大きく見せるような芝居ではないので、視点が集まりやすい構成になっていると思います。盆を使用したり、最後には大きな仕掛けもあったりするので、そこも楽しんでいただければ。私たちも新劇場である東京建物 ぴあ シアターで上演できるのはとても楽しみです」
−本作を今、日本で上演することでどのような発見や問いが生まれそうでしょうか。
「歴史というのはずっと地続きであるものだと思いますし、人間というのは否が応でも時代に翻弄されるものです。いつ何が起こるのか分からないのが歴史なのだなと思います。時代ってこんなに揺れるんだということを体感して頂いたり、もしかしたら私たちもこういった規制の世界になるかもしれないということを考えて頂いたり、時代の揺れの中でどう生きるかということを、登場人物たちの揺れを通して感じていただければ嬉しいです。難しい部分もあると思うんですけれども、純粋に楽しかった、良かったと思っていただけることがあれば嬉しいですし、そこからご自身の中で繋がったり引っかかったりするものを見つけて頂いたら、これ以上ない幸せだと思います」

舞台『ロックンロール』は2026年11月6日(金)から11月8日(日)まで兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール、11月13日(金)から12月6日(日)まで東京建物 ぴあ シアターにて上演されます。公式HPはこちら
十数年前にはなかったものが、日常になっていることは今でも多くあります。「激動」と呼ばれる時代も日常と地続きで、私たちが気づかないうちに広がり、飲み込まれていくものなのだと思います。時代の揺れの中で、どう人間らしさを保ち続けるのか。戯曲を初めて読んだ時はかなり日常とかけ離れた物語のように感じたのですが、小川さんのお話を聞いていて、とても身近に感じられました。舞台セットの“大きな仕掛け”も楽しみです!




















