2026年9月より新国立劇場 演劇芸術監督に就任した上村聡史さんのシーズンオープニング作品として、自身の演出で上演する舞台『巨匠とマルガリータ』。上村さんが2024年に新国立劇場で演出を手がけ、第32回読売演劇大賞優秀作品賞を受賞した『白衛軍 The White Guard』以来2度目のミハイル・ブルガーコフ作品に挑みます。ソ連当局によって体制批判とみなされ出版を許されず、ブルガーコフの死後26年が経った1966年に検閲版が出版された本作。今回はエドワード・ケンプによる翻案版で上演されます。「原稿は燃えない」。抑圧の時代に力強い信念と希望を描いた本作で主人公の「巨匠」を演じる成河さんにお話を伺いました。

生きづらさから目を背けず、救いを探すのが演劇の役割

−成河さんは原作小説と戯曲の両方を読まれたそうですね。
「小説は長いですが、戯曲より分かりやすいです。簡単な作品ではないですけれど、だいぶ構えて読んだ分、間違いなくエンタメを意識して書かれている作品であることに驚きました。戯曲は小説を細かく裁断して再構成されており、色々なことが唐突に起こります。舞台上でどのように出現するのだろう?というところは、(演出の)上村さんが頭を悩ませながら楽しみながら作っているんじゃないかと思います」

−悪魔やしゃべる猫が登場したり、舞踏会が開かれたりと、奇想天外な物語がどう舞台上に現れるのか、期待が高まります。どのようなセットが組まれるのでしょうか。
「目玉のセットはあるんですけれど、とってもシンプルです。劇場のがらんとした空間に、サプライズが用意されています。中劇場ならではのとんでもないインパクトをお届けできると思います」

−成河さんが演じる巨匠はどのような役柄でしょうか。
「ミハイル・ブルガーコフが社会の中での自身の立ち位置を意識して書いたことを、ひしひしと感じる役柄です。ブルガーコフは父親が神学校の教授で、宗教に造詣の深い家で育った中、ロシア革命によって無神論を掲げる社会主義への転機を迎えます。幼少期に信じていたものが、全てひっくり返るという経験をしているわけです。
そこで彼自身も宗教や精神性、神秘的なものを否定し始めるけれども、どちらの世界でも蓋を開けてみれば理想の世界を実現していません。階級社会の搾取から抜け出すため、労働者のための革命だったけれど、結局は抑圧や格差が生まれてしまう。それは現代の資本主義も一緒ですよね。黒と白のどちらにも行けない、その狭間にいる絶望を描いているという点に気がついた時、僕自身もとても共感することができました。
本作では黒でも白でもない第三の道を探す巨匠に対して、“安らぎ”という言葉が与えられます。この言葉は小説を読んだ時からずっと僕の中に残っていました。巨匠が行くべきは、“光”ではなく“安らぎ”である。それは何か、人間らしく生きるための魂の解放といったことなのだと思います。
人間が人間らしく生きていくのはこんなに大変なのか、という巨匠の、そしてブルガーコフの絶望は、2026年現代の僕たちにも重なります。果たして人間らしく生きているのか、人間らしく生きられないことに目を瞑って、やり過ごしながら生かされているだけなんじゃないか。そういったことを考えながら巨匠について想いを巡らせています」

−資本主義の現代社会において、巨匠と同様に生きづらさを感じる人は多いと思います。
「生きづらさというのは、人間らしくない瞬間を感じるということなのだと思います。人間が人間らしくあるためにはどうすれば良いのか、そこに絶対的な答えはありません。現代では“自由”という言葉が使われますが、自由主義も行き過ぎれば生きづらいし、自由ほど難しいものはありませんよね。人間らしく生きるとはどういうことか、それは僕も分からないし、ブルガーコフも分からない。分からないからみんなで話し合うし、議論を続ける。この作品は観客と一緒にそれを考えるための劇なのだと思います。答えが分からなくとも話し合っている限りはせめて人間らしくいられますからね」

−本作では悪魔ヴォランドが民衆に対して放つ言葉などを通して、ポピュリズムについても考えさせられます。そこも現代と重なる点ですよね。
「現代社会での生きづらさはそこにあるので、今の僕らが観ると、その台詞が印象深く残っていくのかなと思います。
当時感じられた社会の“地獄”と今の“地獄”はもちろん違うけれど、それは裏表の違いであって、今には今の逃れようのない“地獄”があります。そういった中、それらから目をそらして、とりあえず生きやすいように思い込ませるものの方が人は集まりやすいけれど、本当にそれを作るべきなのか。生きづらさから目を背けず、少しでも救いを探していくということが演劇の役割であり、芸術の発端だと僕は思います。
本作は上村さんの芸術監督就任の第一作でもありますから、すごくそういったところにも気合いが入っていると思います。この社会においては小さな声であったとしても、この声が届くべきところに届いたら良いなと思います。今回は学校団体の観劇が入る日程もあるということで、生きづらさを抱え始める年代にはまさにぴったりの作品だと思います。もちろん大人でも、どう生きたいのか、よく分からなくなっている時点の人が救われるための劇であると思います」

言葉を尽くしてくれる上村さんとの本読みが大好き

−カンパニーの雰囲気はいかがですか?
「最高ですね。大人がちゃんと遊んでいる、演劇=playが大好きな人たちが集まっていて、“自分が”というより、“全員で”という意識のある人たちです。上村さんがそもそもそういうものを作ろうとする人ですし、そこにみんなチャンネルがちゃんと合っている感じがしますね」

−上村さんの演出家としての印象はいかがでしょうか。
「すごく言葉を尽くしてくださるし、俳優がきちんと勉強しようということをちゃんと奨励してくれる方です。俳優がしっかりと腑に落として、しっかりと分かるために、時間をかけてくださる。今回もご自身の解釈と意図を細かく説明してくださいましたし、面倒くさがらずに質問をたくさん受けてくださいます。僕は上村さんとの本読みが大好きです。ものすごく時間をかけて準備をしていらっしゃるので、ドーンと胸を借りてぶつかっていけます。その上ですごく俳優に余地を残してくださる。僕はやりやすいですね。
上村さんがどのように作品を選んでいるのか、深く話したことはないですけれど、いつも作品を拝見しているとその哲学に共感します。今回も上村さんが芸術監督の第一作を手がけるということが、僕としても出演の大きな決め手となりました」

巨匠とマルガリータの愛に潜むアンチテーゼ

−絶望の淵に突き落とされた巨匠の才能を信じ続ける、マルガリータの強い愛も描かれた作品です。
「僕が俳優として一番悩んだのは、2人の愛が生まれるのがあまりにも唐突だったことです。感情的な動機が何も示されず、どうやってリアリティを持たせるべきなのか悩みました。でもそれはブルガーコフがわざとそうしているのだと気がついた時、とてもスッキリしました。つまり巨匠とマルガリータの愛も、我々人間には説明のつかない、神秘的な何かなんです。2人の運命的な出会いや悪魔ヴォランドの存在、その全てが社会主義の唯物論に対するアンチテーゼなのだと分かり、もちろん演じる側としては本気でやりますけれど、ある意味、観客にとっては置いていかれるのが大事なのだと理解できました。人間が目に見える物だけで判断しすぎてしまう。そんな中で衝動的な愛や悪魔といった唯物論では計れないものを描いていることに、とても惹かれました。
群像劇でありながら、『巨匠とマルガリータ』というタイトルもブルガーコフの仕掛けであり皮肉です。
お客様からしてみれば、この作品の登場人物には誰にも共感できないかもしれません。共感できないと楽しめないというのも僕らが抱える病ですけれど、何かを感じて考え始めて、考えることによって感じるものが増えて、それによってまた考えて…。そういった螺旋をいかに作れるかが大事になってくると思います。
もしかしたら古代エルサレムの総督・ピラトに1番共感するかもしれないですね。ある決断を強いられ、それをずっと苦しんでいる。その姿は誰しもに重なると思います」

−本作では「原稿は燃えない」というブルガーコフの信念が込められた一節も印象的です。
「巨匠が精神病院に入った理由は、秘密警察に連行されたからという設定なのだそうです。言論に対するそこまでの統制というのは、現代の僕らにはなかなか分からない部分ですが、演劇自体はこれまで何度も弾圧にさらされてきました。そして今僕らがSNSなどを通して突きつけられているナイフは、さらにタチの悪い、傷口の見えない傷の付け方をされるナイフであるとも言えます。この作品を通して、“言論統制される難しい時代があったんだね、今は何でも自由に出来て良いよね”と捉えてしまうのはとても危険です。
バズりやインプレッションを勝ち取った者勝ち、熱狂を生み出さないと相手にされない時代は、演劇にとって一番良くない時代であるという言い方もできます。熱狂には危険性があって、何かが失われてしまう。僕は熱狂というものが非常に苦手で、恐怖すら感じます。全員が一つの方向に向かって理想を語っても、いつか崩れる、全てひっくり返されるということを感じているからかもしれません。そこがこの作品には凄く描かれているので、日々演じることが救いになっています。
皆さんも子どもの頃にはごっこ遊びをして、大人になってもカードゲームや人狼ゲームをして遊びますよね。ああいったものはどの時代も絶対に無くならない。何かのフリをするというのは、認知が正されたり、訳の分からない自分の輪郭が見えてきたりするものだから。だから僕はぜひ皆さんにも演劇をやってみて頂きたいんですけれど、『巨匠とマルガリータ』は特に自分を久しぶりに見つめることができて、それが処方箋になっているなと思います」

撮影:晴知花

『巨匠とマルガリータ』は2026年11月7日(土)から11月23日(月・祝)まで新国立劇場 中劇場にて上演されます。公式HPはこちら

Yurika

最初は難解な戯曲に思えたのですが、公式HPにある相関図を見ながら読むと一気に物語が入ってきて、その奇想天外さと風刺っぷりにワクワクしました。シェイクスピア作品でも唐突さを意識して書かれた作品は数多くありますが、そこに「人間らしさ」が込められているのだということを成河さんとのお話で再発見することができたのが印象深かったです。時代を鋭く突き刺す本作が、現代にどのように響くのか楽しみです。