2017年にブロードウェイで開幕したミュージカル『COME FROM AWAY』は、9.11同時多発テロに間接的に事件に巻き込まれた多数の乗客たちが主な登場人物です。スケールの大きい物語ながら、たった12名の俳優が役を演じ分けて進行。シンプルでドラマチックなつくりにすっかり魅了されてしまいました。(2019年・Gerald Schoenfeld Theatre, New York)

悲劇の裏で展開した心温まるボランティア精神と国籍を超えた絆の物語

ニューヨークで多数の犠牲者が出たテロ事件発生直後、米国航空局は米国上空を飛行するすべての航空機に対し、最寄りの空港に強制着陸するよう緊急指令を出しました。指示に従わない航空機はハイジャック機と見なすという厳戒態勢。その後、米国とカナダの空港はすべて閉鎖され、多くの旅客が目的地とは異なる土地での避難生活を余儀なくされたのでした。

この物語ではそんな「飛行機難民」を受け入れた、カナダ東端のニューファンドランド島にあるガンダーという田舎町の様子を描いています。助けを必要とする人があなたの目の前にいたら、その人を隣人として自分のように愛しなさい、というキリスト教の隣人愛やボランティアの精神が随所に感じられ、心が温まる物語です。

島民のホスピタリティに感謝した乗客達はガンダーの若者のための奨学金を設立し、2011年にガンダー再集結イベントを実施するなど、今も島民との交流が続いているそうです。

『COME FROM AWAY』のあらすじ

かつて大西洋横断の際の給油拠点として作られたガンダー空港。テロ事件直後には飛行機が38機、乗客乗員約6千人が降り立ちました。避難所に移動し、事態を把握した避難者が食べ物以上に求めたのは、電話やインターネット。それぞれの母語で大切な人と安否確認をする人々のなかには、ニューヨークの事件現場で救助活動を行っているはずの消防士の息子と連絡が取れず、ひたすらに祈りを捧げるアメリカ人女性の姿もありました。

そんな彼らのために、街の住人たちは5日間に渡って不眠不休で食料や生活必需品をかき集め、不安な心に寄り添います。飛行機の離発着許可が降りると飛行機は一機また一機とガンダーを離陸し、乗客達は世界中に点在するそれぞれの居場所へと帰って行ったのでした。

俳優の演技でシーンがガラリと変わる!演劇的面白さを堪能できる秀作

本作の魅力はなんといっても12名の役者たち。1人3〜4役を担当し、方言や衣装、小道具などを使い分けて、世界各国からきた避難者と島民とを演じます。ジャケットを羽織ってパイロットを演じたと思えば、次の瞬間にはジャケットを脱いで島民として物資を集めている、といった具合です。

大道具もシンプルに椅子や机だけ。俳優自身で並び替えて飛行機のキャビンに、避難所へ向かうバス車内に、島民が集う食堂に、と場面転換していきます。俳優の力量だけで役の特徴が浮かび上がってくる、演劇のベーシックな面白さと同時に、事態の目まぐるしさや緊迫感を感じさせる点は秀逸。ミュージカルでありながら、リアリズム演劇の日常の延長が展開していく雰囲気を持ち合わせていると感じました。

言葉で物語が展開していく分、英語の聞き取りに自信がなかった筆者はサウンドトラックで歌詞を予習してから観劇しました。それでも涙が止まらないくらいドラマチックな物語なので、作品を存分に楽しむことができました。

最後に、作中のミュージカルナンバー「Me and the Sky」をご紹介します。当時、実際にガンダー空港に避難した飛行機を操縦していた、アメリカン航空初の女性キャプテンの人生をそのまま歌詞にした名曲です。男性優位だった航空業界で、女には無理だと言われながらパイロットになる夢を叶えるまでの彼女のパワフルな人生が凝縮されています。興味が湧きましたら、ぜひ一度、聴いてみてくださいね。

Sasha

ブロードウェイでの人気が高く、カナダ、ロンドン、全米ツアー公演と瞬く間に上演地を広げた本作。筆者にとっては、まもなく20年が経とうとする大事件を心に留め、改めて影響の大きさを思い起こすきっかけとなりました。