毎日、1ヶ月以上上演される舞台で、もし俳優が怪我をしてしまったり、病気になってしまったりしたら…?そんな時のために、演劇界には「スウィング」という役割があります。スウィングとは、何かあった時のために出演できる状態でいる俳優達で、公演を止めることなく続けるために必要な存在。海外では一般的で、日本でも導入しているカンパニーも増えてきています。特に新型コロナウイルス等で公演中止が相次ぐ中、スウィングの活躍が話題になっています。

スウィングは特殊能力?!

コロナ禍で少しずつ認知度が上がってきているスウィング制度。スウィングは、基本的には公演に出演せず、急なアクシデントや怪我・体調不良によって、本番に出演しないことが最善と判断された場合、代わりに出演します。

基本的にはアンサンブルの複数の役柄をいつでも演じられるように稽古しています。スウィングのおかげで、公演中止となることを防ぐことができ、冷静な状況判断力、幅広いスキルを持った俳優でないと務まらない役割です。
ミュージカル俳優でコンセプトアルバム『雨が止まない世界なら』などクリエイターとしても活躍中の西川大貴さんがミュージカルについて配信しているYouTube「クロネコチャンネル」では、スウィングについて特集し、スウィング経験者の俳優達とのスウィング座談会、第一弾(2021,02,21)と第二弾(2022,01,21)を配信しています。第一弾には、土倉有貴さん、染谷洸太さん、田川景一さんが登場しました。

この座談会で、俳優陣はそれぞれ、担当した作品とスウィングとしてどう動いていたかを語っています。染谷さんは2014年の『ミス・サイゴン』で4枠の役柄を担当。複数役のセリフ・動き方・演じ方を覚える必要があります。担当する役の稽古を観て、動きをメモしたり、動画を取ったり、ノートを作って1役ずつ覚えていたそう。ダンスは役によって立ち位置はもちろん、振付が異なることもあります。しかし、基本的には役を演じる俳優たちの稽古が中心で、スウィングが稽古できる時間はわずか。

稽古が終わった後の1時間でスウィングが集まっての稽古があり、そこで確認していきます。スウィングだけの限られた稽古時間を有効に使えるかは、それまでにいかに脳内でイメージトレーニングができているか、ダンスなども自主練習できているかで決まると話していました。

西川さんが演出された『(愛おしき)ボクの時代』で、なんと6役をカバーしていた土倉さん。実際に舞台に立つイメージを持つために、稽古場では、さまざまな位置に座って覚えていたと言います。

第二弾には小島亜莉沙さん、吉田玲菜さん、江崎里紗さんと女性陣が集まりました。
動画や目視で記憶していくという男性陣に対して、女性陣から多く話に上がっていたのが本役の方とのコミュニケーション。

吉田さんは座談会の撮影時『オリバー』の稽古中で、初めてスウィングとして参加しているところでした。4役カバーしているため、Aの役を演じる俳優は演出家と話していて、Bの役を演じる俳優は振付家と話していて…と同時に話が進行している状況がよく発生すると言います。優先順位を一瞬で付け、聞けなかった方の話は、後に本役の方に話を聞きにいくそう。スウィングの存在がカンパニー全体で理解されていると、本役の方から「このほうがやり易かった」ということや、変更点などを共有してもらえるので有難いと話していました。
小島さんは座談会撮影時は『蜘蛛女のキス』の稽古中。2役をカバーしていて、歌と芝居で進行していくこの作品では、演出家と本役のやりとりをずっと聞いているそう。役を演じる時俳優は、心理面から役作りをしていくことが多いですが、本役がいるスウィングはその“真似”をして作っていかなくてはいけない部分もあり、普通の役作りとは違ってきます。

田川さんは『パレード』にて、武田真治さんの代役でクレイグ役として7公演出演。武田さんが戻ってきた時のことを考えて、「自分が実際にこの役をもらっていたらこうする」という自身の解釈は入れずに、本役の方の役に合わせて演じていたと話していたのが印象的でした。

染谷さんのツイートでも、座談会でも出た「スウィングは特殊能力」という言葉。脳内のイメージで稽古して、限られた時間で身体に落とし込んで、冷静に舞台上で表現する才能やスキルは、まさにプロにしか出来ない特殊能力だと、座談会を聞いて実感しました。

スウィングは「カンパニーの保険」。 体調不良でも安心できるシステム作りを

新型コロナウイルスのパンデミックで、テレワークという働き方が出来ましたが、プライベートとの境界が曖昧になり、メンタルヘルスへの影響があると言われています。そんな中、ヨーロッパを中心に週休3日制に移行する企業が増えています。一方で日本は、残業を含めた労働時間の長さが指摘されています。

演劇界も同じく、労働環境の改善が必要。演劇界は、会社員のように9時から17時など労働時間が決まっていません。一度公演が始まってしまうと、10時頃劇場入り、20時頃に終演する長時間労働。
週に一度休演日があるのみで、シングルキャストは休みなく1日2公演の出演をこなさなければいけません。スウィング制度が正しく利用できれば、俳優が自分の身体を大切に、持続可能性の高い作品作りが可能になるのです。

スウィング制度は、ウエストエンドやブロードウェイのミュージカル作品では慣例となっていて、作品のクオリティーを維持するとともに、シングルキャストの健康や安全性を考慮したシステムです。
海外では、「喉の調子が悪いから、今日頼むね」というように、「今日の公演に穴を開けない!」ではなく、長期公演全体として見た時に、「役を全うするには今日はスウィングに頼んで、自分は身体を休めておこう」という考え方ができるのだそう。

女性陣の座談会では、「月経」の話も上がりました。激しいダンスナンバーがある作品や、『ミス・サイゴン』でのビキニの衣装のように露出度の高い衣装を着ていると、不安な部分があると言います。「月経も体調不良として、喉の痛みや怪我などと同列の扱いで、今日はしんどいからスウィングに任せるという制度が確立されるといい」というお話がありました。

また、カンパニー内における「スウィングの認知」もまだまだ課題となっています。江崎さんは、自身がスウィングで参加している『ボディガード』の稽古場での経験から、「本当に何かあった時にスウィングが出ることを想定して稽古をしていると、スウィングが稽古場で居やすい環境になる」と語っています。

『ボディガード』の稽古場では、自分がカバーしている役の方が、稽古場にいる状況でも、申告して、全員に伝わっていれば、その役のところに入ることができる。江崎さんはその経験を通して、カンパニー全体に理解があると、「スウィングを安心材料として使ってもらえるようになるのでは」と思ったと言います。

スウィングはとにかく公演を最後まで止めないようにと、「作品のため」を考えています。半分俳優、半分クリエイターという側面があるため、西川さんは「俳優のスタッフワーク」とスウィングを表現していました。 
カンパニー全体が、スウィングというシステムをカンパニー全体が理解して、「スウィングは何かあった時の保険」という共通認識を持つこと。そして、そのシステムを適切に利用するという考え方が日本でも広まっていくと、俳優が安心して働き、より質の高い演劇を上演していくことができるのではないでしょうか。

『ミス・サイゴン』でも活躍中!

今年の『ミス・サイゴン』に、座談会にも登場した江崎里紗さんがスウィングとして参加していて、積極的にスウィングについてのツイートをしています!


スタンバイは、メイク・衣装・カツラ全てありでスタンバイし、誰かにトラブルが起きたらすぐ代わりに出る!というもの。
※今回のスタンバイは、衣装は付けずに、安全な状態を確保してから出演になったそうです。


すぐに動ける瞬発力と冷静さ、そして「作品への想い」が人一倍強い俳優が、スウィングとして作品に貢献しています。

ミワ

コロナ禍で、いつ公演が止まってしまうかわからない状況が未だ続いています。スウィングの認知度が上がり、必要性を感じたカンパニーが制度として取り入れていくといいのではないかと思います。