アガサ・クリスティーの小説『春にして君を離れ』が発表された1944年から、今年でちょうど80周年。節目を記念し、世界で初めてこの小説をミュージカル化した音楽座ミュージカル『SUNDAY（サンデイ）』が、2024年6月より再演されます。

事件や殺人のない心理ミステリー

原作は、アガサ・クリスティーがメアリ・ウェストマコットの名義で書いた長編小説『春にして君を離れ』。アガサ・クリスティーといえばミステリーの女王ですが、メアリ・ウェストマコット名義の作品は女性の心理描写の細やかさに定評があり、本作もその1つです。

イギリスの田舎町に住むジョーン・スカダモアは、弁護士であるロドニーの妻として、3人の子供を育ててきました。ロドニーとは円満な夫婦関係であると信じ、夫と子供達のことは誰よりも理解していると自負しているジョーン。

そんなジョーンは次女のバーバラを見舞うためにバグダッドへ行った帰り、悪天候によって砂漠で立ち往生してしまいます。薄暗いレストハウスで暇を持て余した彼女は、自身の幸せな人生を振り返ることにしました。

夫と子供を正しい道へと導く妻としての自分。奔放な性格の同級生や身なりを気にしない隣人よりも若々しく、女性として輝く自分。ジョーンは独善的な思考の世界に浸るものの、やがてそれらが本当に幸せなのかという疑念が、穴から顔を出すとかげのように次々と這い出していき・・・。

本作には、『名探偵ポワロ』シリーズのような事件や殺人は起こりません。しかし、1人の人間が正しいと貫いてきた信念がジワジワと崩壊していくさまは、ミステリーに匹敵するゾクッとした恐怖があります。

音楽座ミュージカルのオリジナリティが際立つ話題作

音楽座ミュージカル『SUNDAY（サンデイ）』が上演されるのは、2018年の初演、2020年の再演に続き、今回が3度目。音楽座ミュージカルの作品は出演者も裏方も全員が1つのチームとなってゼロから創り上げており、本作でも音楽座ミュージカルならではのオリジナリティが活かされています。

その1つが、舞台オリジナルのキャラクターであるゲッコーです。狂言回し役である彼は、ジョーンの自己満足的な性格を意地悪く批判し、観客が彼女に対して抱くゾクゾク感を舞台の上で代弁します。

ゲッコーとは英語でヤモリを意味し、彼は原作小説に登場する“とかげのように這い出すジョーンの内なる不安を体現した存在”なのです。ジョーンとゲッコーの表裏一体の関係性が、物語を一層面白く引き立てます。

初演時に好評を博した『SUNDAY（サンデイ）』は、2020年には全国を巡演。コロナ禍により中止や延期に見舞われたものの、オンライン配信では客席だけではなく舞台の上にもカメラを置くという画期的な試みを企画し、話題となりました。

再演時に、本作は令和2年度(第75回)文化庁芸術祭賞・演劇部門 新人賞と第40回 2020年度日本照明家協会賞・奨励賞を受賞しています。

ジョーン役は高野菜々が続投、ゲッコー役は藤重政孝が客演

美しい中年女性のジョーンを演じるのは、初演から本作の主役を務め、文化庁芸術祭賞・演劇部門 新人賞を受賞した高野菜々さん。高野さんは2020年の『SUNDAY（サンデイ）』公演後に文化庁令和4年度新進芸術家海外研修員としてニューヨーク留学。 帰国後、ミュージカル『生きる』に小田切とよ役で外部出演されました。ジョーンを演じるのは帰国後初めてとなります。

そしてゲッコー役は、「愛してるなんて言葉より・・・」や「今夜抱きたくて」などのヒットソングで知られる歌手兼俳優の藤重政孝さんが客演。藤重さんは昨年に開催された『シャボン玉とんだ宇宙までとんだ』のオーディションを兼ねた“パワーキャンプ2023”に参加したことで、本作への出演が決まったそうです。

お二人の初共演にも注目したいのはもちろんのこと、同じ作品を初演時のまま再演せず、ブラッシュアップさせるというのが音楽座ミュージカルの見どころ。これまでになかった変化や気づきがあるかもしれないので、既に『SUNDAY（サンデイ）』を観たことがある方もまたぜひ劇場へ足を運んではいかがでしょうか？

音楽座ミュージカル『SUNDAY（サンデイ）』は、2024年6月13日（木）から17日（月）まで東京の草月ホール、7月10日（水）に名古屋のNiterra 日本特殊陶業市民会館 フォレストホール、7月28日（日）に広島・JMSアステールプラザ 大ホールにて上演。既に完売している回もあるようなので、チケットの購入は早めがおすすめです。チケットの詳細は作品公式HPよりご確認いただけます。