日本とアメリカ・ニューヨークでの2拠点生活を送る俳優・小出恵介さんが、ブロードウェイで観劇した作品についてご自身の言葉で綴る「小出恵介のブロードウェイ観劇日記」。第一弾は第76回トニー賞でミュージカル作品賞・ミュージカル主演女優賞・ミュージカル助演女優賞・ミュージカル脚本賞・オリジナル楽曲賞の最多5部門を獲得したミュージカル『キンバリー・アキンボ』です。
第一回【Kimberly Akimbo】観劇日記
私は2018年の10月からNYでの生活を始めた。以来恐らくそこまで多くはないが30本くらいの大小様様なSHOWを観てきたと思う。
日本でももちろん舞台芸術を始めとするエンターテイメントに従事しているわけだが、こちらアメリカではまず大きく東は舞台、西は映像、という棲み分けというか特化したエリアが存在している。そんなわけでNYというのはロンドンのウエストエンドに並ぶ多劇場都市なのであるが、やはりあの縦は45丁目に始まり横は7thから9th aveにまたぐ突如として現れるどれも風情のある劇場群のような景観は何度訪れても胸騒ぎを掻き立てられる。
そもそもなのだが『ブロードウェイ』と称される劇場は39しかないという。『オフブロードウェイ』『オフオフブロードウェイ』との違いは基本としてはそれぞれ500以上の、100〜499までの、100以下のそれぞれ劇場に於ける席数によって分けられている。つまり私が去年たくさん立った東京芸術劇場シアターウエストやイーストはオフブロードウェイ、というカテゴリーとなり、例えばその上にあるプレイハウスや三軒茶屋にあるパブリックシアターなどはオンブロードウェイという事になる。そのオンブロードウェイの劇場で掛かる演目がトニー賞の対象となるのである。
さて、今回僕がこのレポートを始めるにあたって最初に選ばせてもらった演目は【Kimberly Akimbo】というミュージカルである。昨年11月よりオフブロードウェイを経てオンへと上がってくるとたちまちTony賞候補に躍り出て事実今年の6月に行われた同賞では最優秀ミュージカル作品賞を含む5部門でトロフィーを獲得している。
舞台は2000年頃のニューヨーク市の川向う20キロほどにあるニュージャージー州ボゴタとなる。現在63歳となったビクトリア・クラーク(Tony賞受賞)が演じる主人公は、まだ高校に通うティーンエイジャーのキンバリー・レヴァーコだ。タイトルはこの名前のKimberleyと苗字のレヴァーコをアナグラム化したAkimboという、腰に腕を掛けた状態という言葉から成っている。彼女は5千万人に1人とも言われる非常に稀な病気ハッチンソン・ギルフォード症候群という病を患っていると言われ、この病気は突然変異により発症し、通常の4~5倍の速さで老化が進む結果、20歳を超えて生きることは稀と言われている。要は見た目がおばあさんの高校一年生という状態の主人公を取り巻く、奇特な家族と温かい学校の物語である。
やはり設定の建て付けが強いというか重いのでなかなか構えていくのだがなかなかどうして劇の空気はポップで明るく温かい。自分の難病を弄れるような客観性を持ちながらも実際の生活の中での周囲との軋轢や、やはり目の前にちらつく死というものへの向き合いを描いてゆく。テーマというと、正直難しい。平凡な人生の奇跡、何でもない日常の尊さ、というところなのだろうがなんというかそういった倫理の訓示たる空気感が感じられないー。あくまで”なるべく”普通の日常を送ろうと試みる主人公の日常の観察、みたいなトーンである。歌に関しても踊りもさほど派手な演出や強く惹きつけるような曲の構成にもなっていない。魅力を的確に伝えるのが簡単ではない作品だなと感じながらも、この作品が評判を呼んだり高く評価されるのには深く頷ける。
最近ではブロードウェイのミュージカル作品も簡素というか舞台のセットや照明などもミニマムな印象を受ける作品が少なくないがこの作品もとてもこぢんまりとしている。ミュージカル作品もよりリアリティによっている流行があるのだろうか、所謂ところの”ミュージカル”というようなデフォルメされた世界観が減っているようにも感じる。しかしやはりこの作品でも、オリジナリティのある曲群が主人公キミーを始めとする各キャラクター達の心や作品のテーマを歌い上げるのは非常に聞き入るものがあるし改めてミュージカルという表現手段の特質性を受け取った。
小出恵介のブロードウェイ観劇日記
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