井上ひさしさんの名作で2002年に初演された舞台『太鼓たたいて笛ふいて』。『放浪記』で知られる女流作家・林芙美子さんの戦争に翻弄された激動の人生を描いた作品です。大竹さんは初演から芙美子役で出演し、初演時は読売演劇大賞の大賞と最優秀女優賞を受賞しました。5度目の出演となる本作への想いを伺いました。
「なんて素晴らしい戯曲をやれるんだろうと感謝の気持ちでいっぱい」
−5度目の出演となる『太鼓たたいて笛ふいて』、思い入れの深い作品なのでしょうか。
「そうですね、演出の栗山民也さんとももう一度『太鼓たたいて笛ふいて』をやりたいねというお話を何年も前からしていたので、それが実現できてよかったなぁと思います」
−演じるたびに感じ方は変わっていくものでしょうか。
「初演の時に、なんて素晴らしい戯曲をやれるんだろうという感謝の気持ちでいっぱいで、毎日“今日もこのお芝居が出来た”と思いながらお芝居していました。何回もやっていけば行くほど、より深く言葉1つにしても自分の中に着地するものがあるので、再演する意味が凄くあると感じます」
−本作のどのような部分に惹かれていらっしゃいますか。
「井上ひさしさんの戯曲はいつもそうなのですけれど、誰が主役ということではなく、登場人物全員の人生やキャラクターがしっかりと描かれていて、自分が出ている以外のシーンも本当に素晴らしいシーンばかりで、みんなで創っていく作品であるというところが好きです」
−実在の人物を演じる難しさはありますか?
「それはないですね。この作品は林芙美子さんの生涯を演じるわけではなく、井上さんから見た林芙美子さんの物語なので、資料をたくさん見るというよりも、戯曲の中でイメージを膨らませていくというやり方をしています」
劇作家・井上ひさしと交わした言葉
−本作では芙美子が従軍記者として戦地に赴き、戦後は一転として日本人の苦しみや悲しみを書き続けた姿が描かれています。戯曲を読んで、自分が信じていたものが覆った時、そこに逃げずに向き合う強い姿が印象的でした。
「時代に踊らされて、戦争を後押ししてしまった自分の責任をどう取るかを悩んでいた芙美子は、時男という人物との会話から、帰る場所を無くしてしまった兵隊さんたちの悲しみや、生活する人たちのささやかな幸せのことを書かなければいけないと気づかされます。「書かなくてはね」という台詞があるのですけれども、それはまさに井上ひさしさんの心の叫びなのだなと。井上さんが、自分は命を削ってでも書き続けなければいけないと思われていた、井上さんの台詞なのだと思っています」
−大竹さんがお気に入りのシーンはありますか?
「自分が出ていないシーンで大好きなところがあるんです。「文字よ 飛べ飛べ」という歌の中に“文字よ 飛べ飛べ どこかのだれかに あしのこころをつたえてくれんさい”という歌詞があって、なんてロマンチックな歌だろうなと思います。あと、芙美子が亡くなった後、最後に歌う「ハレルヤ」という楽曲では“あなたはこんなに小さな四角の箱の中 けれどもあなたのいくつもの本は大きくはばたくでしょう”“あなたのいくつもの本は長くのこるでしょう”という歌詞があって、井上さんに“これ自分のことじゃない”と言っていました(笑)。井上さんはよく観に来てくださって、楽屋に来るたびに“良い芝居ですね”と仰って、“先生がお書きになったのに。自分を褒めてるじゃん”と言って、みんなで笑った思い出があります。井上さんは本当に観るたびに泣いて笑って喜んでいらっしゃいましたね」
−栗山民也さんの演出はどのような印象がありますか。
「栗山さんは井上さんが訴えたいことを同じように思われています。それを根底に持った上で、笑いもあって涙もあるというのを芝居で緻密に、そして繊細に作ってくださいます。本当に大事なものは何かを常に芝居で教えてくれるのです」
今だからこそ、この作品を再演したい
−大竹さんは舞台上にいらっしゃると力強いエネルギーを放出されているように感じます。舞台に立つ上で大事にしていらっしゃることはありますか。
「毎日、ベストな自分で、より良いところを目指すということですかね。良いコンディションを保つのが自分の仕事だし、そこで良い試合をする。それしかないと思います」
−観客と空間を共にする演劇だからこそ感じることはありますか。
「お客様と一緒に作っていくのが舞台ですから、お客様の反応を感じると、凄く楽しくなっちゃいますね。劇場によっても、日によっても反応が変わるので、それを感じると嬉しくなります」
−大竹さんは本作を含め、再演に出演され続けることが多く、作品との縁を大切にしていらっしゃるのかなと感じました。
「それは本当に私がラッキーでしかないと思います。『太鼓たたいて笛ふいて』も良い作品だから、続けられる。お客様に支持される作品でなければ、再演は出来ません。だからそれだけ観てもらいたいし、観てもらう価値がある。この作品を観て、いつか私が演じたいと思って頂けたら嬉しいですし、そうやって受け継がれていってほしい作品の1つです」
−2024年の観客に、本作をどのように受け取ってもらいたいですか。
「いつでも世界中のどこかで戦場というのはあったわけですが、よりこの10年の間で、今起こっている悲劇としてニュースの映像として見ることが増えているので、いつ自分たちの国に起こってもおかしくないと思うようになっていると思います。
本作の冒頭では「ドン!」という音が鳴り、“あれは大砲の音なのか、祭りの太鼓の音なのか”と歌いながら始まります。軽やかな音楽なのですが、それが恐怖でもあることを感じる時代になっているので、だからこそ本作を再演したいという気持ちが強いです」
こまつ座 第152回公演『太鼓たたいて笛ふいて』は11月1日(金)から30日(土)まで東京・紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYAにて上演。12月に大阪・福岡・愛知・山形公演が行われます。公式HPはこちら
井上ひさしさんのお話になるととっても笑顔でお話しされる大竹さんが印象的でした。戯曲を読むと、台詞の1つ1つの美しさと、芙美子の力強い生き様が心に残ります。本作に強い想いを持つ大竹さんが、今どんな芙美子を描くのか。とても楽しみです。