寺山修司生誕90周年を迎える2026年、61年の時を経てミュージカル『獅子』が蘇ります。本作は1965年、わずか一度きりの上演のために書き下ろされた幻の戯曲。本作で演出を手がけるのは杉原邦生さん、主演を新原泰佑さんが務めます。新原さんが演じるのは、不思議な力を持つ帽子の雨との取引によって、ボクシングチャンピオンになる代わりに“ことば”を失う米沢貞夫。初めての寺山作品に挑む心境を伺いました。

寺山作品の世界に生息する自分を見てみたかった

−寺山修司の幻の戯曲『獅子 THE LION-BEAT』への出演が決まった時の心境をお聞かせください。
「寺山修司が描く世界に入ってみたい、寺山さんの世界に生きる自分を見てみたいという思いはずっとありました。 “いつか叶えば良いな”という夢の1つだったので、お話を頂いて驚きましたし、嬉しかったです。1回の公演のために書き下ろされた幻の戯曲ということで、作品のことを調べても全然出てこなくて、本当に存在するのかな?と思いました。でも実際に戯曲を頂いて読ませていただいて、一気に世界観に引き込まれました」

−寺山作品の魅力はどんなところに感じられますか。
「言葉に鋭利さがある一方で、人が書いた温かさも感じます。寺山修司という人が、あの人生を送っていなければ、書けない言葉だと思います。寺山さんの言葉は、アイスピックのような感覚がありますね。1つ1つが刺さるけれど、気がついたら血が滲むようにじんわりと自分の中に広がって、血液に戻っていくような。エッジが効いていながらも誰もが共感できる言葉、寺山修司という言語があると思います」

−音楽を手がけるのは、☆Taku Takahashi[m-flo]さんです。楽曲は徐々に出来上がっている段階かと思いますが、お聞きになってみていかがですか。
「僕はずっとダンスを通してm-floさんの楽曲を聴いてきたので、今回このミュージカル作品のために楽曲を書き上げてくださることに本当に興奮しています。まだデモの段階ですが、1曲1曲にボリュームがあり、神秘的な楽曲ばかりです。既にキャラクターの歌う姿が見えるのも凄いことだと思います。実は、元々☆Takuさんはミュージカルがお好きなのだと伺いました。今回の楽曲全てをサブスク配信したいくらい、1曲1曲の完成度が素晴らしいです。もちろん芝居も最高級のものをお届けできるように頑張りますが、お客様にはまず☆Takuさんの音楽を楽しんでいただけると思います。まだ聴けていない楽曲もあるので、これからが楽しみです」

−演出を手がける杉原邦生さんの印象はいかがですか。
「杉原さんはご自身のことを“お祭り隊長”で、“祝祭劇はお任せ”とおっしゃっていたのですが、僕も学園祭や文化祭で張り切るタイプでした。なので、一緒に作品を創っていけるのがすごく楽しみです。杉原さんとお話ししていると、クリエイティビティに溢れる方で、やりたいことが頭の中からとめどなく溢れ出ているような方だなと感じています。僕はそれを受けて一旦やってみる、というサイクルを、時間の許す限り繰り返して、どんどん作品をブラッシュアップしていければ良いなと思います」

−本作はゲーテの代表作『ファウスト』がモチーフの1つとなっており、寺山版『ファウスト』とも言える作品です。
「ゲーテの『ファウスト』もとても面白かったです。全てがこの作品に重なるわけではないと思いますけれど、ファウストを誘惑する悪魔メフィストが悪とは言い切れず、いじらしさを感じる瞬間があって、もしかしたら『獅子 THE LION-BEAT』でも帽子の雨に情が動く瞬間があるのかなと思いました。しかも帽子の雨を演じるのは橋本さとしさんなので、きっと熱量高く演じてくださると思うんです。橋本さん演じる帽子の雨と対峙するのが楽しみで仕方ないです」

「誰もが隠し持つ感情」を持つ主人公・貞夫

−新原さんが演じる米沢貞夫というキャラクターは、ことばを引き換えにボクサーとしての能力を手に入れる役柄です。
「ミュージカルなのにことばを失うって、どういうことなの?ってびっくりしますよね。僕もびっくりしました(笑)。主人公が喋れないという作品はなかなかないと思うのですが、台本を読んでみて、ちゃんと成立するなと感じました。自分の中ではチャレンジングな内容ではありますし、挑戦的な役柄ではありますが、だからこそ刺激的で、飛び込んでみたいと思いました。
寺山さんは無言の台詞の中にも、貞夫の気持ちをしっかり台本に記してくださっているんです。これをいかに分かりやすくお客様に伝えていけるか、そしていかに余白を持って伝えられるか。他のミュージカル作品より、お客様に協力していただくような作品になると思います。寺山さんの言葉に“私たちはどんな場合でも劇の半分しかつくることができない。あとの半分は観客が作るのだ!”という名言がありますが、まさにそんな作品ですね。僕の表情や纏う空気、動き、手話や身体表現を通して、色々なことを想像していただきたいです。僕がことばを失い、答えを提示できないからこそ、実験的で新鮮な作品になると思います」

−貞夫のキャラクターについてはどのように感じられましたか?
「最初は反面教師になるような、だらしない人物かなと思ったのですが、読み進めていくと、自分の奥底にも同じような感情を持っていることに気がつきました。誰もが持っている、でも現代では多くの人が隠している感情を持っている人物。彼はフラフラしている部分もありますが、細いけれど頑丈な軸があって、そこは動いていないと思うんです。その周りの余白でフラフラしている感覚があります。観終わった後は貞夫のことを好きになっていただけるんじゃないかと思います」

−ボクサーという役どころでもあります。
「ボクシングの練習は既に始めているのですが、元々ボクサーの設定ではないので、そこまでボクサー寄りの体型に仕上げることはしません。ボクシングをやるのは初めてで、まだ怖さがありますね。プロの方を本当に尊敬します。台本の中にはボクシングをダンスで表現することが指定されている箇所もあるので、身体表現、ダンスもたくさんあると思います。自分の中からどんどん熱量を出していかなければいけない役だと感じています」

“ことば”を失う代償、その先にあるもの

−作品の見どころはどんなところになりそうですか。
「全部に注目していただきたいですが、貞夫はただ憧れのボクサーになるのではなく、ことばを失うという代償を払うことが作品の肝になっています。現代でも、物を買うにはお金を払わなければいけないし、人同士の関係性でも与え続けるだけでは成り立たず、ギブアンドテイクな面があると思います。何かを得た時の代償の大きさというのを感じていただければと思いますし、ふと自分に置き換えて考える瞬間が、観劇した帰り道にあるんじゃないかな」

−ことばを失うというのはとても大きな代償だと思います。大きな代償を払ってでも手に入れたかったもの、貞夫の原動力はどこにあったと思われますか。
「それをお客様に見つけていただきたいですね。僕がここで言葉にしてしまうと、皆さんがそれを目がけて観に来てしまうと思うので。でも貞夫はおそらく何か1つの大きな出来事があって変わるのではなく、出会う人、歩んでいく人生の全てによって変わっていくんだと思います。その変化を感じて、どこでどう変わったのか、考えていただけたら嬉しいです。また僕自身も、日々演じる中で変わっていく部分があるように思っています」

−ことばを失った後の貞夫は手話表現もありますね。
「この作品への出演が決まってから、街中で手話をされている方の姿が目に入るようになったのですが、手話というのは手だけの表現ではないんですよね。目や表情からもエネルギーを交換して、メッセージをやり取りされていらっしゃると感じました」

「全てを分からなくていい」寺山作品の楽しみ方

−アングラ演劇には難しい、敷居が高いと感じる方もいらっしゃると思います。新原さんが感じるアングラ演劇の魅力、楽しみ方を教えてください。
「難しいと思っている方ほど観に来ていただきたいですし、難しいからと言って観に来ないと絶対に損をする作品だと思います。僕も演劇を観に行く時、物語を攻略しようという気持ちになってしまうことがありますが、例えば人間関係においても相手の言葉、表情から一番奥底の気持ちまで分かる事ばかりではないと思います。全てを分かろうとしなくて良いし、そもそも寺山修司は全てを分からせてはくれません。でもそれが面白いと思うんです。何か1つでも、歌や音楽、ダンスでも、楽しいな、良かったなと思うことを感じて、思い出しながら帰っていただけたら、それは最高の演劇体験なんじゃないかと思います。僕も頑張って踊りますから。感じるものが全てというつもりで来ていただければ嬉しいです」

−演劇は「時代を映す鏡」とも言われます。本作はどんなことを映し出しそうでしょうか。
「僕はこの作品を読んで、まさに今の時代を表している作品だと感じました。少し前のコロナ禍や、今の世界情勢を見ても、なかなか自由に羽を伸ばせなかったり、現実を突きつけられる瞬間が多かったりすると思います。その中で、夢のような世界だけれど、ちょっと現実味があるからこそ、痛いほど分かる瞬間がたくさんあるのがこの作品だと思っています。演出の杉原さんもおっしゃっていたのですが、“変身願望”というのが1つ作品の軸になっていて、自分ではない、自分がなりたかったものに照らし合わせながら作品を観ていただけると思います。劇場に来てくださる全ての人が、劇場を出た時、人が持つ業のようなものをリアルに感じていただけるようにしたいです」

−最後にメッセージをお願いします。
「途中からことばを失う役ではありますが、歌う楽曲はありますので安心してください(笑)。日本の作品として、訳詞ではなく、日本語の情緒や韻をお届けできるので、その面白さを体感していただけると思います。しかも☆Takuさんが手がける音楽がありますので、ミュージカル作品としての良さを十分発揮できるよう、頑張ります。どのタイミングで歌うのかはぜひ楽しみにしていただけたら。そして相当踊ることになると思います。踊りと歌をどう両立させるかが自分の中でも挑戦になるので、ぜひ歌もダンスも楽しみにしていただけたら嬉しいです」

Bunkamura Production 2026ミュージカル『獅子 THE LION-BEAT』は2026年10月4日(日)から20日(火)までTHEATER MILANO-Za (東急歌舞伎町タワー6階)、11月7日(土)から8日(日)までSkyシアターMBSにて上演されます。公式HPはこちら

撮影:晴知花、ヘアメイク:岩村尚人(SPIELEN)、スタイリング:泉敦夫

新原泰佑プロフィール
2000年10月7日生まれ。埼玉県出身。近年の出演作は、ドラマ「御上先生」「25時、赤坂で」「ちょっとだけエスパー」、映画『YOUNG&FINE』 、ミュージカル『梨泰院クラス』、舞台『球体の球体』『インヘリタンス-継承-』『ロミオとジュリエット』『ラビット・ホール』、音楽劇『「クラウディア」Produced by 地球ゴージャス』など。今後は、8月24日より放送開始のNHK 夜ドラ「税金で買った本」に灰坂坑太役で出演。

Yurika

身体表現も素晴らしい新原さんだからこそ、“ことば”を失うキャラクターから伝わってくるものがありそうですね。☆Takuさんの手がける音楽がどのように作品と調和していくのかが楽しみです!