2026年5月から7月にかけて、ミュージカル『レッドブック〜私は私を語るひと〜』が東京・大阪・愛知で上演されています。イギリスが繁栄したヴィクトリア朝時代、主人公アンナが官能小説を執筆する中で、自分らしく生きる道を切り拓こうとする物語です。
しかし作中で、アンナは「女性のあるべき姿に反している」と批判され、裁判にかけられてしまいます。なぜそこまで彼女は非難され、闘わなければならなかったのでしょうか?当時の社会的背景を知ると、作品に込められたメッセージがより深く味わえるかもしれません。
ヴィクトリア朝時代とは?
ヴィクトリア朝とは、イギリスのヴィクトリア女王が統治した1837年から1901年までを指します。当時のイギリスは、産業革命によって「世界の工場」と称されるほどの工業力を誇り、数多くの自治領や植民地を所有していました。
社会が急速に近代化する一方で、道徳観はとても保守的かつ厳格でした。中流階級が台頭し、彼らが社会の規範をつくるようになると、家庭のあり方や個人の振る舞いに対して、強い倫理観が求められるようになったのです。
ヴィクトリア朝を象徴するのが「自助(セルフ・ヘルプ)」の精神です。1859年、サミュエル・スマイルズが『自助論』を出版すると、たちまち時代の合言葉となりました。「天は自ら助くる者を助く」という日本語訳を知っている方もいることでしょう。
成功は、天が与えた才能によるのではない。努力して経験を積み、自らの力で達成するものだ。だから貧乏も困難も、あらゆる障害は成功への励みとなる。スマイルズはこのように考えました。そこから、生まれの卑しさを恥じず、勤勉に働くことへの誇りが表明されたといわれています。
また福音主義的な考え方により、お金儲けのためにだけ働くことは疎まれ、勤勉そのものが美徳と考えられていました。その結果、働かないことが一般的だった中流階級の女性にも、慈善事業や福祉事業に励む必要が生まれたといいます。
しかし、その「正しさ」へのこだわりは、型からはみ出す者を厳しく排除する空気感にもつながっていたようです。
ヴィクトリア朝時代における理想の女性像・男性像
ヴィクトリア朝時代において、男女にはそれぞれ「理想の姿」が存在していました。
理想の女性像:「家庭の天使」
中産階級の女性に求められたのは、夫のために尽くし、子どもに道徳を教え、家庭を完璧に切り盛りすることでした。コヴェントリー・パトモアの詩にちなんで「家庭の天使」と呼ばれています。日本語における「良妻賢母」のようなイメージですね。
当時の価値観では、女性が外で働いてお金を稼ぐことは不道徳で、恥ずべきことと考えられていました。結婚という女性の「社会的義務」を果たすことで、尊敬に値する(リスペクタブル)とされたそうです。
しかし、この時期は男性人口よりも女性人口が多く、結婚できない女性も存在しました。とはいえ「余った女性たち」が必ずしも不幸だったとは限りません。余裕のあるワーキング・クラスでは、技術や資格を持った女性、収入の高い仕事に就いている女性は独身であることも多かったからです。
理想の男性像:「ジェントルマン」
「英国紳士といえばジェントルマン」というイメージが強いかもしれません。でも実は時代によって、言葉の意味合いが変化してきたそうです。
19世紀まで、上流階級の男性は生まれながらにしてジェントルマンでした。国教会の牧師や弁護士、国会議員、軍隊の将校などもジェントルマンに属していたそうです。ただ、ジェントルマンにふさわしい振る舞いができない人は、生まれや職業に関係なくジェントルマンとはいえないと考えられていました。
世紀末になると、ジェントルマンの定義はまた変化します。パブリック・スクールで教育を受け、困難に直面しても沈黙して耐え、常に理性的でいられる者が、ジェントルマンとして評価されはじめたのです。政治家や軍隊の将校も、こうした理想に沿って育成されました。富を築くこと以上に、倫理的に正しく行動する男性が求められたといえます。
このように「男性は公共の場(社会)で闘う」「女性は私的な場(家庭)を守る」という役割分担が徹底されており、その境界線を越えることは「社会的規範に合わない」とされる時代でした。
『レッドブック』のアンナは「私」として生きる道を求める
ミュージカル『レッドブック〜私は私を語るひと〜』の主人公・アンナは、理想の女性像に真っ向からぶつかる存在だと思います。
淑女として振る舞うよりも「私」として生きたい。そう願った彼女は、官能小説を書きはじめます。しかし、女性が「性の欲望」や「自分の意見」を公にすることは、当時のイギリス社会においてはスキャンダラスだったことでしょう。そこから「女性はこうあるべき」という社会全体の抑圧が、アンナの前に立ちはだかります。
さらに「強くあるべき」という規範に縛られ、自分を見失いそうになっている男性も描かれます。新人弁護士のブラウンもまた、社会に必要とされる理想の人間であろうとするあまり、本当の自分を隠して生きている青年です。
保守的な時代に生きる中でも、「家庭の天使」「ジェントルマン」という型に押し込められるのではなく、自分が最も輝ける道を切り拓こうとする。ヴィクトリア朝のことを少し知っておくと、『レッドブック〜私は私を語るひと〜』の力強さをより感じられるかもしれませんよ。
参考文献:川端有子(2019年)『図説 ヴィクトリア朝の女性と暮らし ワーキング・クラスの人びと』河出書房新社
アンナが放つ「私は私を語るひと」というメッセージは、ヴィクトリア朝時代の人々だけでなく、現代の日本に生きるわたしたちも力強く励ましてくれます。歴史的背景を知ってから観劇すると、その勇気がより鮮明に、そして愛おしく感じられるはずです。



















